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すみません、前回リンクミスしてました。
正しくは鈴木信也『バリハケン』(集英社ジャンプ・コミックス)です。既刊は1〜3巻、ネット上で試し読みもできるようになっていますので、興味を持たれた方はのぞいてみて下さい。
中学時代は「空気くん」と言われるほど薄い存在だったオタク少年・御手洗団吾(みたらしだんご)は、高校入学後、偶然と周囲の勘違いのあり得ない積み重ねの挙げ句、不良集団を率いる番長になってしまいます。番長として学園を取り仕切る生活のかたわら、隠れオタクとしてアキバに通い、同人誌活動にも勤しむ二重生活。当初は真相がバレた時の仕返しが怖くてそれらしく振る舞っていただけの団吾でしたが、自分を兄貴と心から慕ってくれる舎弟達と共に、これまた偶然と勘違いのあり得ない積み重ねで数々のレジェンドを打ち立てる中で、次第に本物の番長心に目覚めて行きます。総番長・団吾の威光は、他校のみならず極道の集英組、アメリカ、果ては宇宙にまで輝き渡るのでした……
とあらすじを書いても、なんだか空しくなるほど伝わっていない気がします。この作品の魅力は、やはりその読者を選ぶギリギリスレスレなギャグセンスにあるので、好みの分かれるところでしょう。
ちなみにタイトルは、団吾と舎弟集団が人手の足りない部活動に助っ人として派遣される「派遣組」、あるいは、上級生や他校と覇権を争う「覇権組」を名乗っているところからきています。この部活動がまた「長風呂部」だの「トイレ部」だの「おしりペン道部」だのといった具合に、下ネタ全開のあり得ない部活ばっかりでして、「おしりペン道部」の概要については2巻で試し読みできますので、ご参照下さい……(好みじゃなかったらゴメンナサイ)
で、結局私は『バリハケン』の何にそんなに惹かれたのかというと、私好みのギャグのあまりなバカバカしさはもとより、あー、世界ってのは人の勘違いと思い込みでできているんだなあ、と妙に納得できて、肩の力が抜けたところにあります。人は自分の見たいものしか見ないし、見えないものですが、その「見たい!」と強く願う心が昇華して、時に奇跡を呼ぶこともある……のかもしれない。
「人の気持ちは具体的に合体するんだ。気持ちを生んだ人間の全く与り知らないようなところでもね。不思議なもんだよな。」(『ディスコ探偵水曜日』より)
そして団吾は、肝心なところではちゃんと実力を発揮しているのです。たとえそれがオタク心の暴発した火事場の馬鹿力であり、舎弟達が自分に都合よく解釈した勘違いに過ぎなかったとしても。
物事は、見る人の心次第でいかようにも変化します。
やがて不良仲間とオタク仲間のどちらも大切にしたいと考えるようになった団吾は、いつまでこんなコウモリ生活を続けるのかと後ろめたさを感じるようになります。その時の象徴的な会話を引用すると、
「か…火讐(かしゅう)
どうしてお前はいつもオイによくしてくれるんじゃ」
「兄貴はオレの命を救ってくれた漢(ひと)だから…
オレは自分の信じたものに従ってるだけっすよ」(3巻・伝説23「首都エリア統一」より)
その翌日、他校の襲撃で危機に瀕した舎弟達を救うため、団吾は楽しみにしていたオタクイベント会場を抜け出して、修羅場に駆けつけます。そこで抗争に巻き込まれた、学園で唯一団吾の二重生活を知っている旧友の茶越くんを身を挺して救うのです。
「うう…
茶越くん大丈夫…?」
「お前…あんなに嫌がってたのにどうして…」
「……
つっ…
い…痛い…や
へへ…ホントだよね
ボクは今だって オタクやめるつもりないし
ケンカだって怖いし腕折られるかもしれないなんて死ぬほど嫌だし…
だけど
友達(みんな)がそんな目にあうのはもっと嫌だから…」
その後、舎弟達の加勢で見事な勝利を収めるのですが、一部始終を見ていた茶越くんは思います。
「団吾…お前は勘違いで偶然番長にさせられただけって言うけどさ
それだけじゃ ここまで奴らに慕われないさ…
今のお前はもう偽者じゃない 立派な番長だよ」(3巻・伝説24「決意の総番長」より)
私は結末(3月発売予定の4巻)はまだ知りませんが、大体の想像はつきます。そもそも勘違いネタをあまり引っ張るのは無理があるでしょうから、連載を打ち切られたというよりも、妥当な長さだったのかもしれません。
「世界は他人と一緒に作られるんでしょ?一人ってのはさっきみたいにホント弱くて、弱いのは、あんな奴の言葉を使うのは嫌だけど、ま、悪いことなんだと思ってていいよ。だって人は他人といるだけでも強くなれるんだから。努力はしないと。」(『ディスコ探偵水曜日』より)
こんな風に『ディスコ探偵水曜日』とつなげるのは無理矢理でしょうか?
私はスッキリしてしまいましたが。(^0^*
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