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知らないことは語りえない

 投稿者:園主  投稿日:2009年 7月 8日(水)21時08分46秒
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  みなさま、本日は、「中学生以上すべての」と添え書きされた「よりみちパン!セ」シリーズの1冊、湯浅誠の『どんとこい、貧困!』(理論社)をお薦めしたいと、筆を執ることにしました(一昨日、パソコンを弄ってみると、なぜかキーボードが復調していたのが本稿執筆の強力な後押しになったのは事実でございますが、ともあれこの文章を書き上げるまでもってくれれば幸いでございます/笑)。


現在の日本社会において「貧困」が愁眉の問題であるのは、誰しもある程は知るところでございましょう。読書家の方ならば、「貧困・格差」本とでも呼ぶべきものが、多数刊行されている事実もご存じだと存じます。しかしながら、テレビなどでもよく採り上げられるようになったこうした社会問題について「いまさら本を読んでまで学ぶべきことがあるのだろうか」という疑問を感じる方は少なくないでしょうし、この種の社会問題に関する本を読むのは、単純に「気が重い」と感じる方も少なくないのではないかと存じます。
斯く言う私自身そういうところがございまして「その種の本は、啓蒙される部分のの多い優れたものでないかぎり、中途半端なものは鬱陶しいだけ」という感覚があり、そう簡単に読もうという気にはなりませんし、『思想地図』の東浩紀などが申しておりますとおり、論壇的地位を確立するために、自分たちの世代特有の問題を「特権的に論じ」ている(と見えなくもない)「ロス・ジェネ論壇」的なものに、ある種の厭わしさを感じるのも事実でございました。

したがいまして、私が本書『どんとこい、貧困!』を手にとったのは、本書が物事の基本的なところを語る「よりみちパン!セ」シリーズの1冊として刊行されていたというのがまず第一にあり、次には本書が応答しようとする次のような「貧困問題に関する疑問の言葉」が、もくじに書かれていたからでございます。

 ・ 努力しないのが悪いんじゃない?
 ・ 甘やかすのは本人のためにならないんじゃないの?
 ・ 死ぬ気になればなんでもできるんじゃないの?
 ・ 自分だけラクしてズルいんじゃないの?
 ・ かわいそうだけど、仕方ないんじゃないの?

こうした、素朴かつ一般的という意味で強靱な批判的疑問に対し、わかりやすく(つまり、真っ向から)応答しようとしたのが本書であるというのがわかったので、私は本書を購読することにいたしました。そして、本書を読んだ結論として言えるのは、この種の疑問・意見は、作者の言うとおり一種の自己欺瞞であり誤魔化しでしかなく「そうした疑問を発して貧困問題を回避しようとする人たち自身にも、回りまわってマイナスをもたらすものでしかない」という著者の指摘は、まったく正しいということでございます。

それにしても、本書の内容をここで要約することはできませんので、私はここで、上のような疑問を呈する人たち自身の問題点について、読書家の視点から少しばかり私見を書いてみたいと存じます。


ホームレスと呼ばれる人たちや、生活保護をうけいる人たちについて、上のような意見を言う人は、私の周囲にも多ございます。読書が趣味という友人関係で、このような意見をあからさまに語る人はさすがに少のうございますが、会社の同僚やご近所のおじさんおばさんからならば、こうした「一般論」はうんざりするほど聞かされてまいりました。
読書家である友人たちも、会社の同僚やご近所のおじさんおばさんも、共に「貧困層でない」という点では同じなのに、どうしてこのような態度の差が出てくるのでございましょうか? それはたぶん、読書家ならば、ある程度は「知らないことについて、したり顔で語ると恥をかくことになりかねない」ということを知っているからでございましょう。
読書家には、ある程度「専門」がございます。ミステリ専門、SF専門、時代小説専門、純文学専門、といった文芸専門の人もいれば、理系専門、思想・哲学専門、社会問題専門、政治専門、歴史専門といった学術系専門の方もおります。で、そういう方たちは、それぞれ自分の専門分野に一家言持っており、それなりの自負を持っている反面、そうした専門分野について「門外漢の語る軽率な意見」を心から軽蔑する傾向がございますから、自分がその同じ轍を踏まないようにしたいという慎重さもあるのでございますね。ですから、専門以外のことに関する発言には、ことのほか慎重になるのでございます。

しかしながら、私が昔から言っておりますように「本を読むほどの人間であれば、誰しも自分は頭が(本質的に)良いと思っているものである」ということがございまして、専門以外のことに関して、あからさまに意見表明はしなくても、心の中では「それなりに自負すべき意見を持っている」つもりなのでございます。ですが、それこそが人間の弱さであり凡庸さなのでもございますね。

「知らないことについては、知らないのだから、的確な意見を持つことが出来ない」というのは、読書家ならば誰でも頭では理解していることでございますし、だからこそ専門外のことについては、意見表明を慎重にひかえたりもいたします。しかしながら、「専門」によって勝ち得た自負というものは、決してその「専門」に止まるものではなく、その人の「知的自負」として全般化するものなのでございますね。そして、その結果、人は読書家であろうとなかろうと、専門外の問題に関しても「薄っぺらな意見」を持ちがちであり、その違いは、そうした意見を不用意に語るか語らないかの違いに過ぎない、ということになるのでございます。
つまり、現代の日本社会における「貧困」問題に関しては、私も含め多くの人が、内心ではついつい、

 ・ 努力しないのが悪いんじゃない?
 ・ 甘やかすのは本人のためにならないんじゃないの?
 ・ 死ぬ気になればなんでもできるんじゃないの?
 ・ 自分だけラクしてズルいんじゃないの?
 ・ かわいそうだけど、仕方ないんじゃないの?

といった意見に流されがちなのでございますね。

そこで、私が主張したいのは、読書家ならば「専門分野」に閉じこもるな、ということ。いくら専門分野の知識を(オタク的に)深めていったとしても、それで他のジャンルの本質を理解できるなどという「慢心」に捕われるな、ということでございます。
昔から「一芸に秀でたる者は、万象に通ず」(一芸に秀でた人は、その一芸だけでなく、違う分野のことにもうまく勘を働かせて、相当の理解をしめし、それなりの結果を出すものである)というようなことを言いますが、これは物事の多くが細分化し専門化し先鋭化した現代にあっては、基本的に間違いであると考えるべきでございましょう。現代において「一芸に秀でた人」の賢明さとは「専門以外のことを安易に理解した気になるのは、愚かな半端人の態度である」という徹底した認識においてなのではないでしょうか。

ですから、私は「専門家は専門バカでしかありえないことを深く自覚し、謙虚であれ」と考えますし、しかしそれでも「他ジャンル」に興味があったり、発言したい、しないではおられないというのであれば、最低限の勉強はすべきだと言いたいのでございますね。
むろん、人に与えられた時間は有限であり、いくつものジャンルにおいて「専門家並みの知識」を得ることは物理的に不可能でございましょう。だからこそ、「最低限」誠実に勉強した上で語ろう、という姿勢が必要なのでございます。

しかしその一方、「専門的な問題」ならば、人は勉強の必要を感じるでしょうが、一般的な社会問題というのは、なまじ「日常」生活の中に入り込んでいるため、往々にして人はそれを「わざわざ勉強しなくても、おおよそは知っている(見当のついている)問題」だと思い、薄っぺらな理解にもとづいて、無責任な意見を語りたがるものなのでございます。
そしてそのような実例が、ミステリに対する「殺人事件があって警察が捜査して事件を解決する、2時間ドラマによくあるようなタイプの娯楽小説でしょ?」とか、SFに対する「宇宙人が出てきて宇宙戦争とかしたり、タイムマシンで時間旅行したりする、荒唐無稽な小説でしょ?」とかいった極めて一面的な理解であったり、「貧困」問題における、

 ・ 努力しないのが悪いんじゃない?
 ・ 甘やかすのは本人のためにならないんじゃないの?
 ・ 死ぬ気になればなんでもできるんじゃないの?
 ・ 自分だけラクしてズルいんじゃないの?
 ・ かわいそうだけど、仕方ないんじゃないの?

といった理解・意見であったりするのでございますね。

ですから、社会的な問題に関しては、できれば「すべての人」に勉強して欲しい。そして「自身の無知」や「無根拠な確信(=妄信)」と直面してほしいと思うのでございますが、しかしそれが(知的に)相当に困難な作業だとも思いますからこそ、ここではひとまず「読書家」や「専門家」の人に「社会問題は、無知でも語れる一般的問題、なのではない」ということを訴えて、少しでも勉強して欲しい、そして上記のような薄っぺらな「一般的意見」からその身を引き剥がしてほしいと訴えるのでございます。

「知らないものについては語れない」という正確な認識は「だから、少しでも知ろうとしなければいけない(でないと、語りえない)」という認識につながるのであって、「だから、知らないことについては語らなければよい」という認識・態度につながるものではございません。なぜならば「語りさえしなければ、知らなくてもよい」という認識・態度は本質的に「反・知的=非・理性」的な処世術でしかないからでございます。




それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm

 
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