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みなさま、衆院選フィーバーの余熱もすっかり冷めて、世間では鳩山新内閣の人事問題やら民主党政権の実行力への期待と不安やらが語られている今日この頃でございますが、私としてはそのあたりの問題については「やらせてみないとわからないし、もとより多くのことは期待していない」ということもあって、現時点ではさほど興味はございません。それよりも、私自身熱心なファンとはいい難い阪神タイガースの成績の方が、よほど気になるくらいでございます(笑)。
そこで本日は、衆院選において私の興味の焦点であった「公明党と創価学会の選挙戦」の結果について、総括的に私の感想を書いておきたいと存じます。まずは、選挙結果のニュースを下にご紹介しておきましょう。
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(1)『 選挙:衆院選 公明、小選挙区全敗 妥協と依存、連立10年に幕
公明党は今回の衆院選で、太田昭宏代表や北側一雄幹事長ら小選挙区8人の候補者全員が落選する歴史的惨敗を喫した。31日午前、東京都内の党本部で幹部会を開いて今後の対応を協議するが、太田代表や北側幹事長は辞任する見通し。同党の支持母体・創価学会幹部は「小選挙区制が定着し、公明党の組織戦が通用しなくなった」と振り返った。
太田氏は31日未明、党本部で疲れ切った表情で「責任を痛感している」と記者団に語った。代表辞任には「党再建に全力を尽くすことが大事だ。そのためにどうするかは、党執行部とよく相談したい」と述べるにとどめた。だが党幹部は「常識的に、代表も幹事長も辞任は避けられない」との認識を示した。
自民党の勢力が後退した今年7月の東京都議選でも公明党は23議席を維持した。創価学会という強固な支持基盤による選挙戦は、中選挙区制の都議選では有効だったが、小選挙区では通用しなかった。公明党や創価学会では選挙戦略を見直し、候補者擁立を比例代表に絞り、小選挙区から撤退すべきだとの意見が強まっている。
公明党は99年に自民党との連立を開始。国会で自民党を支える一方、同党との選挙協力で比例代表では票数を着実に伸ばしてきた。連立直後の00年衆院選で、公明党の比例票は776万票。その後、自民党議員が後援会名簿を公明党側に提供するなど協力関係は深まり、05年衆院選の公明比例票は898万票にまで積み上がった。
政権入りしたことで政策面では定額給付金や児童手当の拡充、地域振興券など党独自の政策の一部を実現させた。だが創価学会内で反対論が強かった自衛隊のイラク派遣は容認せざるを得ないなど安全保障面では妥協を迫られ続け、立党時に掲げた「平和と福祉」路線に揺らぎもあった。
10年に及んだ連立政権を通じ、公明党には「自民党の補完勢力」との批判がつきまとった。
党幹部は31日未明、惨敗に終わった衆院選について「安倍政権以降、次々に首相を代えたり選挙を先送りした影響が大きく、自民党の巻き添えをくらった」とぼやいた。別の幹部は「やはり自民党と距離を取っておくことが大事だった。うちの支持者は政策実現よりも筋を通すことの方を支持する」と語った。【高山祐、田所柳子】』
(「毎日JP」2009年8月31日 東京朝刊)
(2)『 衆院選:田中康夫氏が冬柴鉄三氏に勝利 兵庫8区
兵庫8区(尼崎市)では国土交通相や党幹事長も務めた公明前職の冬柴鉄三氏(73)が、民主の推薦を得た新党日本代表の田中康夫氏(53)との激戦の末、敗れた。組織力で他党候補を寄せ付けない選挙戦を続けてきた冬柴氏だが、厳しい結果に「敗軍の将、兵を語らない。私が負けたんです」とさばさばした表情で敗戦の弁を述べた。
一方、当選を決めた田中氏は、長野県知事時代の知事室と同じガラス張りの事務所で、万歳でなくシャンパンのボトルを模したクラッカーで当選を祝った。田中氏は「体を張って抵抗勢力と戦うという私の思いがみなさんと一緒になった。業界団体などが巣くう日本の制度を根底から改める『改国』をしたい」と述べた。
冬柴氏は昨年秋から、ほぼ週末ごとに地元入りし、自転車部隊を組んで徹底的に支援者を回る戦術をとった。立候補表明が解散後にずれ込み、地元組織を持たない田中氏に比べると、開いた集会の数も動員数もけた違いで、数千人から1万人規模の集会も開いた。「私が負けるのは理不尽。何が何でも勝たなければ。みなさん助けてください」と絶叫する表情には鬼気迫るものがあったが、「脱ムダ」「脱しがらみ」と訴え続けた田中氏に競り負けた。【大沢瑞季】』
(毎日新聞 2009年8月30日 22時58分:最終更新 8月30日 23時45分)
(3)『公明「常勝関西」全滅なぜ 「使命終わった」冬柴氏引退表明
「常勝関西」と呼ばれるほど各種選挙で圧倒的な力を見せつけてきた公明党は、大阪、兵庫の選挙区6議席すべてを失った。支援団体の創価学会はフル回転したものの、批判を浴びた自民党と与党を組んだ「連帯責任」を問われ、無党派層にそっぽを向かれたのが敗因だった。
兵庫8区で新党日本新人の田中康夫氏(53)に接戦で敗れ、7期23年間守り続けた議席を失った元国土交通相の冬柴鉄三氏(73)は31日、高齢と多選を理由に「使命は終わったと思う」と述べ、政界を引退する意向を明らかにした。冬柴氏は今回の自公政権への逆風について「天災みたいなものだった。防ぐことはできないので、“減災”に努めたが…」と振り返った。
常勝関西を支えてきた創価学会は、与党への逆風に危機感を強め、かつてないほど運動量を増やした。だが「自民党と同一視され、支持をなかなか得られない。このままでは時間切れになる」(幹部)と懸念した状況を、最後まで打開できなかった。
自公協力も実らなかった。公明党の各陣営は「前回まで動いてくれなかった自民党の府議や市議が動いてくれている」と自民党との連携に自信を見せたが、及ばなかった。
(『産経新聞』2009年8月31日15:35)
(4)『 今日の一面!:民主308議席、鳩山新政権誕生へ/桂ざこば"失言"でMBS謝罪
第45回衆院選は、民主党が308議席を獲得して圧勝し、政権交代が確定。夕方から未明にかけて、テレビやネットの話題も選挙一色となりました。
選挙と日程が重なった『24時間テレビ』では、恒例のチャリティーマラソンと選挙速報の両立に四苦八苦。番組後半では、加山雄三さんの歌う「サライ」をバックに、お笑いタレントのイモトアヤコ(23)がラストスパート、そこに徳光和夫アナが選挙速報をかぶせるカオス状態になりました。
MBS毎日放送(関西)の選挙特番では、ゲストで落語家の桂ざこば氏が「(公明党の太田代表が)落ちるって事は、信心が足らんって事ですか?」と発言し番組出演者が凍りつく一幕も。MBSは番組内で「特定の政党の投票と信仰心は関係ありません。お詫びして訂正します」と謝罪していました。(以下略)
(『まぐまぐニュース!』2009年8月31日)
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みなさま、すでにご承知の情報ばかりでございましょうが、今回の衆院選で、公明党は小選挙区全敗という前例のない歴史的大敗を喫しました。
しかも、小選挙区で戦った太田昭宏代表や北側一雄幹事長のほか、私が注目しておりました兵庫8区の冬柴鉄三ら小選挙区立候補の有力候補8名は、小選挙区だけで充分に勝てるという前提で比例区名簿にその名を搭載していなかったために、完全に国会議員の身分を失ってしまったのでございます。
今回の選挙が、与党自民党と公明党にとって大変に厳しい「守りの戦い」になるというは周知の事実でございました。しかし、自民党とは違い、公明党には創価学会という磐石の支援組織がございますから、自民党が壊滅的な敗北を喫することになったとしても、公明党が同様の打撃を受けることはなかろう、というのも衆目の一致するところだったと存じます。
斯く言う私も、同様の認識を持っておりましたが、若干世間と違ったのは「創価学会の地方組織は、一昔前に比べると、明らかに弱体化している」という認識を持っていた点でございます。 と申しますのも、創価学会についての著作も多い宗教学者の島田裕巳なども指摘しておりますとおり、近年の創価学会は選挙戦に重点を置き、世間からの風当たりが強かった折伏引教を後回しにし続けた結果、若い新入会員が激減して、組織の高齢化が進んだのでございます。ですから、創価学会の選挙戦はおのずとジリ貧状態にあり、いずれは崩壊するだろうと見ていたのでございますが、まさかそれが今回であるとまでは思っておりませんでした。
ともあれ私としては、かの「イラク戦争戦犯」である冬柴鉄三の兵庫8区に、異色の有名政治家である田中康夫が乗り込んできたからには、田中が勝てないまでも、せめて冬柴の心肝を寒からしめてほしいと願い、この掲示板でも冬柴の「イラク戦争戦犯」という忘れ去られようとしていた過去を強調するとともに、尼崎の創価学会員に「恥を知る選挙運動」をと、ささやかながら釘を刺したのでございます。
ところが、その冬柴鉄三が、まさかの敗北を喫した。それだけではございません。公明党が、苦しい戦いは承知の上で、それでもよもや負けることはあるまいと小選挙区オンリーで立候補させた太田昭宏代表・北側一雄幹事長を含む8人の候補者全員がまさかの敗北を喫し、「常勝関西」と言われた大阪の地においても、その牙城の歴史が一瞬にして崩壊したのでございます。
すでに、あちこちで指摘されていることでございましょうが、選挙翌日の『聖教新聞』の第一面は、選挙とは何の関係もない池田大作SGI会長がらみの記事を掲載し、かえって衆院選大敗北のショックの大きさをありありと窺わせました。もちろん、第三面あたりに地味に「衆院選、各地で健闘光る」というような記事が掲載されは致しましたが、これはもう負け惜しみの意図すらない、(衆院選の話題を意図的に避けたわけではない、という)単なるアリバイ工作でしかございませんでした。
実際のところ、『聖教新聞』紙上において、公式に公明党の敗北を認めることは不可能なのでございましょう。なぜならば、それは選挙戦を手弁当で戦った末端の学会員たちの努力と蔑ろにするものでしかないからでございます。
もちろんこれは、個々の学会員の努力を思いやってという話ではございません。個々の学会員が逆風の中、これまでどおり精一杯東奔西走したというのは、学会本部も充分に承知しております。「それなのに負けた」となれば、その原因と責任は、公明党とそれを支持するように指示した現創価学会本部にあると判断され、批判の刃が公明党と学会本部に向けられるのは、もはや明らかだったからでございます。――つまり、創価学会本部の意志を体現する『聖教新聞』が、衆院選の敗北を認めないのは、末端学会員を擁護するためではなく、敗北に帰結することとなった自分たちの指導方針を批判されないため、要は自分たちの保身のためなのでございます。
また、だからこそ今頃になって、公明党の幹部が『うちの支持者は政策実現よりも筋を通すことの方を支持する』というような「ヨイショ」をしなければならなかったのでございますね。
言うまでもなく、イラク戦争以降も公明党を支持した創価学会員とは、結局のところ「筋を通すことよりも政策実現の方を支持する」と言うよりも「学会本部の指示に盲従する」人たちであったと言ってよく、「政策実現よりも筋を通すことの方を支持する」私のような者は、創価学会・公明党の批判者であり「非・支持者(退転者)」とならざるを得なかったというのが、偽らざる現実だったのでございますから。
ちなみに、件の冬柴鉄三は、選挙戦敗北にあたってのコメントとして『天災みたいなものだった。防ぐことはできないので、“減災”に努めたが…』と語ったそうでございますが、これは明らかに「信仰者」としての意識を欠いた、無自覚きわまりないコメントであったと申せましょう。と申しますのも、そもそも創価学会員の信仰とは「不可能を可能にする」ものであり、それが宗祖日蓮以来の教えでもあれば、学会員の自負だからでございます。
もちろん冬柴の言は、一般人(非・信仰者)としてのコメントとしては「常識的な言い訳」だと申せましょうが、『天災』などという「日蓮的譬喩」を安易かつ誤ってつかってしまったところで、冬柴の信仰心がすでに薄れきっている(朝晩の勤行が出来ていない・お題目があがっていない)というのが、同じ創価学会員の目には明らかになってしまうのでございますね。日蓮の教えでは「邪宗邪教がはびこることによって諸天善神は去りゆき、国に三災七難がきそい起こる」としており、これは「創価学会員の常識」でございます。ですから「天災だから避けようがなかった」みたいな言い訳は、本来、創価学会員である冬柴鉄三の、口にできるものではなかったはずなのでございます。
ともあれ「筋を通すことよりも政策実現の方を」優先する「現実路線」を採ることで、信仰者として何よりも優先すべき「正法正義」を二の次としてきた近年の公明党と創価学会は、今回「三災七難」にも比すべき「仏罰」を被ったと申せましょう。――桂ざこばの「素朴なコメント」は、むしろ信仰者こそが真摯に受け止めてしかるべき、しごく真っ当な信仰的現実解釈だったのでございます。
それでは、みなさま、本日はこのあたりで失礼いたします。
http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm
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