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心の傷とその痛み

 投稿者:ホランド  投稿日:2009年10月10日(土)01時05分15秒
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   みなさん、こんばんは! 今日はお薦め本、野中広務と辛淑玉の対談『差別と日本人』(角川oneテーマ21・新書)の紹介です。

 野中広務といえば、自民党小渕政権では官房長官、森政権時代には自民党幹事長を務めた人。官房長官時代に、かの「国旗国家法案」を押し進めて成立にまで持ち込んだ人であり、「影の総裁」みたいな言われ方もした、自民党の実力者だった人です。
 すでに現役を退いていますが、いわゆる「古い自民党」を代表するような政治家で、小泉内閣時代には攻撃の的にもなったわけですが、逆に野中は小泉の軽薄なポピュリズム政治を批判します。そして、その根底には、野中自身が現役時代から明らかにしていた、「同和地区=被差別部落」の出身者という出自が関係しているようなんですね。
 そのあたりで、本来なら野中とは政治的には対立的な立場にあるはずの辛淑玉(在日二世。人材育成コンサルタント。佐高信との共著があり、岩波新書に著作がある)が在日朝鮮人として、日本における同じ被差別者の立場から、野中広務という男に興味をもった。単なる「保守派政治家の大物」と見るのではなく、その出自に由来する人間・野中広務のものの見方や考え方に興味をもって、彼の真情を聞き出そうとしたのが本書だと言えるでしょう。

 で、内容的には、野中の政治家としての経歴にそって、日本における差別問題と政治の問題が語られていきます。辛が厳しいツッコミを入れ、それに野中が自分の考えを披瀝するというパターンで対話は続いていく。
 全体として、辛のほうは弱者の側に立つ発言者として首尾一貫して論理的であるのに対し、野中のほうは、良く言えば「政治家らしいバランス感覚で行動を律してきた人」らしい態度、悪く言えば「理論的には灰色で曖昧な部分の残る実務家」の態度、という感じでした。故意にトボケている風ではなく、むしろ「政治的かけひきに生きる政治家というのは、実際問題としてこういう感じなんだろうな」という印象の、ある意味、興味ぶかい「リアルな人間」だったように思います。

 そんなわけで、本書の面白さは、一言で言えば「おなじ被差別者という出自を持つ、言論人と政治家の対話」という点にあり、「差別問題」そのものについては、特に目新しい話があるわけではありません。もちろん、これまで「差別問題」に興味のなかった人にとっては、それなりに興味ぶかい話もあって勉強にもなるでしょうが、「部落差別」「在日外国人差別」「従軍慰安婦」「戦争責任」「戦後責任」といった「弱者の問題」について、それなりに興味をもって勉強してきた人にとっては、最後の数ページまでは、野中のちょっと不思議なキャラクターを除けば、さほど興味ぶかい内容は無いと言っても、決して過言ではないでしょう。

 しかし、対談の最後で、それまでの冷静闊達なやりとりが、急激に感情的なものになります。しかし、それは「政治的立場の違いから感情的に批判し合う」というような最低な展開とは正反対の「感情的」、つまり「政治的立場を越えて、心をふれ合わせたが故の感情的」であり、言い換えれば「人間的」な部分が、最後の最後で急激にせりあがって来て、予想だにしなかった「感動的な結末」を迎えます。――そして、その部分で、ボクは本書を多くの人に薦めたい思うんです。

 被差別者という出自を背負い、それぞれのやり方で全力で現実に抗してきた二人が、それぞれの来し方を語り合うことによって、卒然と表出した感情。そして素顔。――そこには、「差別の歴史」を学ぶだけでは知り得ない被差別当事者の「悲しみ」が、重い重い質量をもって表れていたんです。



 さま

有り難う御座います。

> 先日、イタリアの某服飾系ブランドの「裏方仕事」で内定通知が届きました。
> 主に、PCによる顧客管理と在庫管理、一部お客様との応接が御座います。


 遅ればせながら、ご就職おめでとうございます!


> 蚤の心臓持ちである僕としては、今からドキドキが止りません。
> この不況下で業績悪化して、日本での業務縮小、一部撤退なども十二分に考えられる世界ですから、僕はこれからも常にプレカリアートである危機意識を持って頑張らなくてはなりません。

> 10月16日からの労働開始に向け、現在走り回っております。


 就職氷河期の今ですから、良い会社に就職できたからといって、それで安心してしまえないというのは、とても良くわかります。もちろん、せっかくの仕事を守るためにも一所懸命がんばらなくちゃいけないですが、だからといって会社の奴隷になる必要もありませんよ。いちばん大切なのは、自分自身なんですから、自分を守るためなら、いつでも会社を辞めて良いんだということも忘れないで下さいね。

 じっさい被雇用者というのは弱い立場ですから、会社の不合理に真っ向から立ち向かえなんて無茶は言いません。むしろ、したたかに生き残れと言いたいんです。――だって、淳さんは真面目すぎるところがありますから、要領良く立ち回るということが苦手でしょ? でも、弱い立場において、それでも自分を守ろうとおもえば、そういう形での強かさ、しなやかさが必要なんです。あまり、肩に力をいれすぎないようにして、「テキトーにうまくやる」という高度なテクニックも身につけて下さいね(笑)。


サーヴァントにならない為に。

> でも今の時代、「仕事に従事できる」という幸運に浴していますので、
> この「不安状態」も、本当に贅沢な悩みでしょう。


 ですから、これは違うんです。淳さんが『幸運』なのでも『贅沢』なのでもなく、まともに就職できない多くの人たちの方が「不運」であり「貧窮」を強いられているんだと考えるべきでしょう。
 だって、採用された淳さんが『幸運』である『贅沢』だというのなら、「就職させてやった=一方的に恩恵をほどこしてやった」会社の方は、淳さんに感謝されてしかるべき立場だということになるし、実際そういう感覚でいる会社経営者もすくなくないでしょうが、それは違う。元来、雇用契約は対等であるし、働く意欲のある人には仕事の与えられる社会が「普通」であるべきで、それが人間性の尊重された社会なんだということを忘れないで欲しいんですね。


> 予想を超えたイレギュラにも「適切な対処」のできるような、いい意味での「心のゆとり(余裕)」が出来てきて、初めてコノ業界の仕事人としてスタートを切れるのかもしれません。この業界に入る以上は、やはり一定の「やりがい」を見出したいものです。

> また、待遇の良さが、僕にとって加重なプレッシャーとなっていますが、逆に「それに見合うだけの仕事を為そう!」という積極的意欲へと結び付けたいですね。向上心を持たないと!!


 待遇が良いというのは「そのぶんは働いてもらうぞ」ということであり、その分は働かなきゃ馘首されるというだけのことですよ。だから、待遇が良いことそのものに、恩義もプレッシャーを感じる必要はありません。それだけの仕事をしなければならないこと(条件づけ)にプレッシャーを感じるということなら、それは筋の通った話ですけどね。

それにまあ、まだ実際に仕事をはじめたわけではないんですから、本当に待遇が良いかどうかはわかりません。待遇の良さというのは、仕事の量や質や内容との兼ね合いにおいて量るべきもので、他社と「数字」的に比較しただけでは、本当のところは何もわからないんです。
 どんな会社だって、見栄えの良いところは派手にアピールし、見栄えの悪い部分は隠蔽する。そうした態度に例外はないんですから、外見だけに惑わされて、過剰な幻想を抱かないようにしなくてはいけませんよ。いずれにしろ「金儲けの現場」は、汚いものなんですから。


> それに、御客様に対して、最高のサーヴィスの提供者を目指しつつ、決して御客様のサーヴァントにはならないような、一本芯の通った人間でありたいと思います。それは僕と会社との関係性においてもいえることですね。


 人はたぶん、会社のために働くのでもなければ、お客さんのために働くのでもありません。仕事を通して、自身を社会の中に位置づけるために働くんじゃないか、とボクはそんなふうに思います。
 仕事を通して社会に能動的に参入し貢献することで、人は自身の価値を高め、結果として会社やお客さんにも貢献する、そういうものでなければならないんだと思います。


> いつ解雇されてもおかしくない時代です。
> ただ、常に不安状態と緊張状態が続くのでは、必然的に潰れてしまうのは目に見えていますので、一端offのスイッチを入れたら、とことん「自分の時間」を充実させられるようにしたいと思っています。つまり、「上手に遊ぶ」ことも大切なんだろうなあーっと。


 そうですね。でも、さっきも書いたとおり、何が何でも仕事にしがみつくなんて必要はありませんよ。
 間違いなく、仕事より大切なものが世の中にはあります。仕事がいちばん大切なものなら、仕事してない人の存在価値はどうなります? まず大切なのは、人です。自分自身を含む人が、人らしく生きることがいちばん大切なのであって、仕事が人を否定するようなものなら、そんな仕事は捨ててもいいし、捨てるべき場合すらあるのだということを心の片隅に置いておいて下さい。まず人があって、その後に仕事があるんです。

 ご健闘を祈ります!(^-^)



 Keenさま

ありゃ

> そういえば、先日、遅まきながら映画版『容疑者Xの献身』を見たので、原作も部分的に立ち読みし、ここ「花園」の過去ログも読み返してみて、かつて何が論争になっていたのかをようやく知りました。
> 私としては、「本格か否か」は門外漢なのでさておき、これは決して「感動の純愛作品!」などではない、むしろ「狂気と正気の境目で、人はどこまで持ちこたえられるか?」という心理譚だと思いました。あの殺人事件に関わった三者三様に、それは違う様相なのでしょうが、女性陣にはむしろ「罪悪感」かな?ともあれ、嫌ーな読後感を残す作品であることは間違いないですね〜…


 園主さまの読みもそういう感じなんでしょうが、それを意外に「感動の純愛作品!」と受け取ってしまう人が多いというところに問題があるんでしょうね。
 もっとも、そういう人たちだって、じつは「嫌ーな読後感を残す作品」であることをどこかで感じながら、それでも「感動の純愛作品!」と看板に大書してあると、そのように読むのが正しいんだと、無意識に自分の感情を歪曲してしまってるというところもあるんでしょうね。特に映画だと、美男美女がやっちゃうし。(笑)


> 映画版では、福山雅治はどうでもいいので放っておいて(笑)、石神役を堤真一(※映画版『姑獲鳥の夏』『魍魎の匣』の中禅寺秋彦役でもある)が演じており、ラストシーンの慟哭などはなかなかよかったですよ。園主さまは、きっと映画版を見ておられないでしょうから。


 堤真一って、一見二枚目だけど(三枚目でも可愛い役でも熱い役でも)何でもやれるいい役者ですよね。
 ご指摘どおり、園主さまもボクも映画『容疑者Xの献身』は観ていませんし、今のところ見る気はありませんけど、ただ、堤真一で観るんだったら『クライマーズ・ハイ』かな。こないだテレビでやった時は観れなかったんですが。


おめでとうございます!


 淳さまへの即レス、ありがとうございました。
 ホントならボクが、そうでなきゃいけないんですが…。(^-^;)





 ではでは、みなさん、おやすみなさい!(ハート)
 
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