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学問の権威と権威主義の違い

 投稿者:園主メール  投稿日:2015年 1月21日(水)10時01分50秒
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  ★ 海原健叡さま

続けるか、打ち切るか.

> このまま「議論」を続けていいものかと、私の方が疑問に思い始めています。

私の、海原さまによる「法学」的議論に対する評価が、お気に召さなかったようでございますね。お気に触ったのならお詫びしたいと存じます。

ただ、海原さまご自身、前回の書き込みで『私も決定的な対立や断絶を恐れないので、全力で誠実に本音を叩きつける腹積もりです。』とお書きになっておられたとおりで、私の前回の応答は、私の偽らざる(忌憚のない)評価であって、その評価内容自体はどうにも変えようがございません。

> アレクセイ様が想定されている「具体的事実」というのは、どうやら私がヘイトスピーチにこだわる理由ということらしく、これがまるで理解できない。なぜ私の「個人的動機」が問題になるのでしょうか?

「個人的動機」の重要性については、「トゥー・テ・ビアン」で縷々説明しておりますので、もう一度お読みになっていただけないでしょうか。

それでも、そこで長々と書いたことを、ここであえて簡単に書きますなら、「ヘイトスピーチに対する法規制」というのは、周知のとおり「表現の自由」に関するリスクを伴っており、その意味では「最後の手段」でございます。ですからこそ、その「最後の手段」を持ち出そうとするからには、それ相応の「必要性」の根拠なり理由の説明が必要なのでございますね。
現に「在特会のヘイトスピーチへの対策」として大阪市の橋本市長が現在検討している規制案では、規制の対象が「映画などの映像表現」まで含めており、明らかに「表現行為への広範な法規制」への危険性を孕んでおります。

たしかに「在特会などによるヘイトスピーチ」は酷い。けれども、その現状をして直ちに「法規制を」という議論は、決して一般的なものではないばかりか、おっしゃるとおり、有識者の間ですら意見の分かれているところなのでございます。
そのような「機が熟していない」現状において、それでも(議論ではなく)今「法規制を」と訴えるからには、当然「個人的動機」もあるのだろうと考えるのも、それは自然なこと。
そして、その「それ相応の個人的事情」によっては、海原さまが個人として「法規制という強攻策を選ぶ」というのも、心情の問題として納得は出来、それはいちがいに責められないことだと、私は斯様に考えるわけでございます。

しかしまた、その「個人的動機」が語られないのであれば、海原さまの「法規制必要論」は、今のところ、一般的な説得力は無いと言うしかございませんので、私は「個人的動機」をお聞かせくださいと言っているのでございます。

> ヘイトスピーチ規制を必要とする根拠となる「具体的事実」が重要だ、というのはよくわかりますが。しかしこれだって既にかなり報道されていますからね。むしろ、この期に及んでまだ規制反対論、慎重論を唱える人達の方こそ自らの主張を基礎づける「具体的事実」を述べるべきだと思うのですが。

普通は「法規制」を訴える者が、その必要性を語るのが筋だと思いますが、どうもこれでは「当然の説明要求に対し、説明要求で返す=質問に質問で返す」という「よくあるパターン」になってしまっておりますね。

ともあれ「慎重論」の根拠については、上に書いたとおりでございます。
『既にかなり報道されています』と言っても、それは決して、一般に対して「この問題は、直ちに法規制しないといけないね」と思わせるほどのものではなく、この問題に対してそうとう集中的に興味を持っている人以外には『かなり報道されてい』るなどという認識はないでしょう。
つまりここで私が申し上げたいのは、海原さまの『ヘイトスピーチ規制を必要とする根拠となる「具体的事実」(は)~既にかなり報道されています』というのは、多分に「ネットコミュニティー」的な「近視眼」的認識だ、ということでございます。

例えば、「中国の領土的海洋侵出問題」について「ネットコミュニティー」的に近視眼になっている「ネトウヨ」などは「直ちに自衛隊を派遣せよ」とか「法整備をして有事に備えよ」とか言いますよね。
それは、彼らにとっては、そうした対策を『必要とする根拠となる「具体的事実」(は)~既にかなり報道されています』「だからそれで充分だろう」ということになるわけですが、しかしそれは、決して一般的な理解や積極的な支持を求めうるものにはなっていない、というのと同じことなのでございます。

> ちなみに私が個人的にヘイトスピーチにこだわる大きな理由は、わたしのとても大切な人がいわゆるマイノリティーであり差別をときに受ける立場の人なので、その人に強く共感している私は属性に基づく侮蔑表現を心底許せないからです。それなりに動機として説得力があるんじゃないだろうか、と自分では思いますが、しかしここに何の「共通認識」が生まれるのか、全く想像もつかないのですが。それとも、「そんな下らない動機」では共通認識を見出だすに値しない、とおっしゃるのでしょうか。

いいえ、下らなくはありませんよ。大切な人がヘイトスピーチや差別の対象になる立場の方なのであれば、海原さまが「ヘイトスピーチ」に「急迫不正な侵害」という切迫感を持たれるのは、当然でございます。
しかしまたそれは、「被害当事者(およびその近親者)の意見」としては納得できますが、「法規制」という「すべての国民に関わる問題」の理由としては、やはり「弱い」と言わざるを得ません。

近年には、飲酒運転による事故で家族をなくした遺族が「飲酒運転の厳罰化」を求めた結果「法改正」がなされておりますが、これはその「法規制」の対象が「飲酒運転者」にハッキリと限定されるからこそ、比較的容易に改正されたのでございます。
ですが、「ヘイトスピーチという悪しき表現行為」への「法規制」となると、その影響範囲は「悪しき表現」すべてにまで影響してまいりますから、「被害関係者の感情や思い」だけでは規制や規制強化を行うことが出来ないというのも、当然のことなのでございますよ。

> それと、前回までの説明を「空理空論」だとアレクセイ様はおっしゃるわけですが、それこそ私とは「信念」が違うということになってしまいます。あそこに書いたことは近代法治国家を基礎づける基本中の基本の理論であり、(近代)法学の大前提でもある。それを切って捨てるということは、アレクセイ様は自分は近代的国家権力を認めないアナーキストである、と宣言しているのに等しいわけですが、そうなると心情的にはアナーキストであっても現実的には国家権力を前提とした中道保守に近い私とはそもそも前提が違いすぎる。そうなると、議論は打ち切る他ない。
私は法学を専攻していましたので、法学はものを考える際の大きな支柱にしております。もちろん法学絶対主義ではありませが。ですから法学的思考を参照しながらものを考え書くのは、私にとって個人的な実感に基づくリアルな行為なのですが、その大前提たる法学そのものを認めない、ということであれば仕方ありません。

いや、海原さまが「法学」という学問を、正しく有効に使えるのであれば、それをわれわれ素人でも納得できるように説明してくださることによって、それは「信念」の問題などではなくなります。
「私は法学の専門家だ」「法学という学問を全否定するのか」「あなたはアナーキストか」と言われましても、これはもう、無内容な「権威主義的決めつけ」でしかございませんでしょう?

問題は「法学」そのものではありませんし、私は「法学」自体を否定しようなどという、無謀なことはいたしません。
ただ、「法学」に拠っているという「海原さまのご意見」が、そのわりにはぜんぜん説得的ではないという点を問題としたのでございます。つまり、有効であるべき「法学」が、海原さまの議論においては、有効に機能していない、ということなのでございます。

> あるいはアレクセイ様としては、法学を認めないわけではない、とおっしゃるのかもしれません。

如上のとおり、そのようなことは申しません。
私が説得的ではないと言っているのは「法学」そのものではなく、「海原さまのご意見」に過ぎません。

> しかし、失礼な言い方になりますが、もしそうおっしゃるなら単に法学に無知であるためご自身の言葉が近代法治国家や法学の否定であるということに気付いていないだけです。実際、だいぶ前に犯罪被害者の権利についてこちらで議論されていた際にも、刑法や刑罰についての基本的な理解を欠いた発言をされていましたしね。

たんなる「決めつけ」では、議論はできません。
ご自分を「法学」の専門家であり、それを正しく利用できる人間だとおっしゃるのであれば、素人相手に「平易な説明」をすれば良いだけ。それが出来ずに「法学という学問の権威」を嵩にきて「おまえはわかってない」と決めつけるのは、言論人の態度としていかがなものでしょうか?

> 本当ならば予定していた「反論」の中でこうしたことも詳しく語るつもりでした。しかしどうやら私の専門分野であり思考の大きな柱である法学をアレクセイ様はそもそもお認めにならないのか、

いいえ。くり返しますが、「法学」そのものは認めます。

> あるいは法学についてのご自身の理解の欠如を省みるおつもりがないのか、

いいえ、そもそも私にも「法学の理解があって当然」という、海原さまの「決めつけ」が、おかしいのでございますよ。自分が知っていることは、説明しなくても、相手は同じように知っているだろうという想定が、とても奇妙なものなのですね。

言うまでもなく、私は「法学」の素人ですから、「法学そのもの」に対しては、もともと「理解」などあるとは思っておりませんが、少なくとも「海原さまによる法学的説明」とやらに関しては「空理空論」だと評価した、ということでございます。

どうも、海原さまの今回のご意見は「法学そのものの権威」がそのまま「自分の権威」になると勘違いなさっているようにしか見えません。

「法学」にかぎらず、どのような学問でも、それが「権威」を持つのは、その「有効性」の故でございますから、わざわざ「専門知」を持ち出すのであれば、それを援用することによって「より説得的」にならなければなりません。なのに、それがそのように有効に機能しない使い方なのであれば、それは単に、世に言う「衒学趣味(ペダントリー)」でしかないと申せましょう。

> どちらかだということらしい、と感じております。であれば、流石に私も「議論のために」長々と反論文を書く気にはなれない。

したがって、その「どちら」でもありませんので、「法学」を援用して、「法学」の素人でも納得できるような説明をなさって下さい。
自分が「法学」をやっているからといって、議論の相手が「法学」をやっているわけでもなんでもないのに、「これくらいわかるだろう」というような書き方をなさるのは、「議論」に関する初歩的な思い違いではないかと存じます。

> 1、共通認識を見出だせる「具体的事実」がなぜ動機なのか。私の書いた動機に、何か意味はあるのか

それは上でも説明しましたが、すでに詳しく説明済みです。
ぜひ、もう一度、私の「トゥー・テ・ビアン」と、「悪霊 あるいは 不可視の獄」を、お読みくださいまし。

人はしばしば「人間的に個人的な動機」で動き、その「人間的に個人的な動機」において判断を誤るのでございます。だからこそ、そこは無視できないポイントなのでございます。

> 2、ヘイトスピーチ規制反対派こそ、自身の主張の根拠となる具体的事実を提示すべきではないのか。既に規制を正当化しうる事実が報道もされているのに、「国家権力の危険性」などと抽象論で誤魔化しているのはそちらではないのか

これも説明済みでございますね。
「ヘイトスピーチの法規制」は「表現の自由」に関わる問題だからでございます。
「人を傷つける表現だから、法規制による処罰も当然」という論理が安易に認められますならば、「揶揄」や「批判」を当然のこととする文学をはじめとした「多くの芸術表現」は、その「錦の御旗」の下に「法規制」されかねないのでございますよ。

もちろん、これは『抽象論』などではございません。
「サド裁判」「チャタレー裁判」などの「表現の自由に関する、歴史的な事件」のほか、篠山紀信や荒木経惟といった写真家の逮捕事件からエロ漫画の発禁事件まで、「人を傷つける表現だから、法規制による処罰も当然」という意見による「法規制」は、昔から今に至るまで、国内外を問わず、ずっとなされてきた「現実問題」なのでございます。

> 3、近代法治国家や近代法学をそもそも認めないのか、つまりはアナーキストだと宣言されるのか。あるいは、法学についてのご自身の理解の欠如を省みるおつもりが無いのか。

これも上に書きましたとおりで、そんな「大層な話」ではなく、単に「海原さまのご意見」が説得的ではなく、「空理空論」だと評価しただけでございます。

> の三点につきまして、納得いくご回答を頂きたいと存じます。

回答いたしました。
しかし、それを『納得』なさるかどうかは、海原さまご自身の問題でございます。

例えば、海原さまがどんなに懇切丁寧に説明しても「ネトウヨ」は納得しませんよね。この場合「説明が悪いのだ」と言えるでしょうか?
もちろん言えません。それと同じでございます。

> ご返答によっては、勝手ながら私の方で議論を打ち切る場合があることをご了承くださいませ。

もちろん、それは海原さまの「自由」であり、ご自身の「選択」でございますよ。

> もちろん今回の書き込みを読んでアレクセイ様の方で議論を打ち切って頂いても全く構わないということは繰り返しておきます。

もちろん、言われるまでもなく、それも私の「自由」でございます。

>「議論」が決裂した暁には、お互い自分の場所でそれぞれに「独白」を致しましょう。

もちろん、そうするしかございませんね。無理強いはできません。

> ちなみに私の方では、「なぜオールドタイプの左翼は衰退したのか」  「なぜ『法学評論家』がいないのか」という2つの大きなテーマで書きたいと思っています。もちろん議論が継続するのであれば、これらはアレクセイ様への反論の中で語られることになります。

それはそれで楽しみではございますが、その前に、私たちの議論のテーマが「ヘイトスピーチに対しては法規制しかないのか?」であることを、くれぐれもお忘れにならないで下さいまし。

つまり、話を無闇に拡張したり飛躍させるのではなく、まずは肝心な「法規制でなければならない理由」を具体的に説明して下さいまし。

もちろん、この場合『ヘイトスピーチ規制を必要とする根拠となる「具体的事実」(は)~既にかなり報道されています』では説明になりません。なぜなら、その程度では納得できないからこそ、さらに「海原さまの意見」を聞かせて下さいと申し上げているのですから。

> では本日はこれで失礼いたします。出来れば議論が継続することを願っています。

私の説明は以上のとおりですので、次こそは海原さまが「ヘイトスピーチに対する法規制の必要性」の「具体的な根拠説明」をなさって下さいまし。

もちろん「法学」を援用なさるのは大いに結構でございますが、「法学」を学んだ者にしか通じないような説明を、私のような素人相手にするというのは、単なる独り善がりや虚仮威しにしかなりませんので、専門家なればこそ、素人にもわかるように説明して下さいまし。

では、次回のご応答を期待しております。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm

 
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