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取り急ぎ

 投稿者:  投稿日:2008年10月24日(金)22時19分56秒
  ★ホランドさん


返信遅れてすみません!!

>ところで、今日ご紹介した坂木司の『先生と僕』。園主さまが、よかったら淳さんに差し上げたいとおっしゃっているんですが、いかがでしょうか?


どうか御好意に甘えさせてください。
アリョーシャには「借り」ばかり作っているので、身の縮まる思いです…


>園主さまが解説を書いた角川文庫版『トランプ殺人事件』はお持ちでしょうか?


幸い、僕の手にした古本は、角川文庫でしたので、本編より解説の方を先読みしてしまいました/苦笑
それにしても、随所にアリョーシャの『虚無』への愛が如何に大きなものか散見されますねー。

『虚無』は、まだ新装版の上巻が終わりにさしかったばかりです。
お楽しみはマダマダ続きますのん。


★アリョーシャ

御無沙汰して申し訳ありません!!!

上京時の「借り」に加えて、今回の「贈与」には本心から恐縮してしまいます。
「借り」の返し方を想像出来ずに苦悶しております。
アリョーシャからすれば、「無私の贈与」なのかもしれませんが、
僕は、それを多大な「借り」として認知してしまいますから、
対等な関係性を保持したいと願うとき、友情のもとに許されることを切願いたします。
 

がんばれ笠井さん

 投稿者:Keen  投稿日:2008年10月21日(火)17時44分57秒
  園主さま、遅いお見舞いになってしまいましたが、胃痛からの回復よかったですね。「さすがのアレクセイも胃にまでは毛が生えていなかった」というくだりには爆笑しましたが(笑)、今後ともお大事に。


>>私はというと、わが街の図書館にリクエストしていた笠井さんの『青銅の悲劇 瀕死の王』がやっと入ったので、読み始めたところです。新刊なのにずいぶん時間がかかったものですが、お役所仕事だからこんなものなのでしょうか?
>> で、とりあえず宗像冬樹ウザイ。『天啓の宴』『器』の時は特に気にならなかったんですけどね〜、これは読み手の私の方の変化かもしれませんが。
>> あ、本の分厚さの割に軽いので驚きました。紙質のせいか、はたまた内容の(以下自粛)


> Keenさまには珍しい、なかなか辛辣なご感想。これが読了後に好転することを、笠井さんのために祈りたいと思います(笑)。


ホランドくんの祈りが通じたのか(笑)、『青銅の悲劇 瀕死の王』は私はけっこう面白かったですよ!
園主さまはじめ、いろいろな方の「これはちょっとなあ……」的な感想を事前に目にしていて、あまり期待していなかったのがよかったのかもしれませんが、まずミステリ・マニアでない私にとっては、皆さんがウンザリしたというトリックならぬ徳利(笠井さん、狙ってました?/笑)をめぐって延々と続く議論が気にならなかったということがあります。「あの時、徳利に細工ができたのは誰か?」云々といった部分はテキトーに読み流していったので、さほど冗長にも感じられませんでした。まあ確かに、この厚さでこれだけしか事件が起こらないの?という地味さはありますが、タイトルの意味や「驚愕の真相」(笑)とその「決定不能性」についてのナディアと宗像の議論等は、よく考えてあるなあと感心しました(←なんだか馬鹿にしてるような書き方になってしまいましたが、本気でそう思っていますよ!)。

しかし、これを「矢吹駆シリーズ」と言っていいのでしょうか?駆が登場しないのに、詐欺じゃないですか……外伝とか番外編ならわかるけど、それじゃ本が売れませんかね〜(笑)。作中で言及されている「ヴァンピール事件」はすでに連載を終えている「吸血鬼の精神分析」のことでしょうからいいとしても、ナディアが「十件もの難事件を解決したのはわたしではありません」と断言している以上、笠井さん、本当の「矢吹駆シリーズ」をあと4作、書き上げるつもりなんですねっ!?そして、風視の双子の妹・雨香の息子の響はまず間違いなく風視の遺児でしょうし、「もうじき矢吹駆が頼拓にあらわれる」というナディアの謎めいた予言もあるので、最後は「日本篇」の続きで〆ることになるのでしょうか?ああ、楽しみだなあ〜♪(←なんだか馬鹿にしてるような書き方になってしまいましたが、本気でそう思っていますよ!)

それにしても、あの『熾天使の夏』がこんな風に利用されるとは……さすがは笠井さん、自作に対しても政治力を発揮しているな、と感じてしまいました。このタイミングで創元推理文庫版が出ることも。『熾天使の夏』もざっと読み返してみたのですが、風視の実家の設定には、まだ全く触れられていませんでしたね。ちょっと記憶にないのですが、宗像冬樹のデビュー作『昏い天使』の表紙絵については、「天啓シリーズ」ですでに紹介されていましたっけ?それとも、今回が初登場でしょうか。いずれにせよ、宗像冬樹がナディア・モガールと接触し、頼拓には鈷室(こむろ)山があり、矢吹駆の本名が斑木飛鳥だというからには、笠井さんもどうやらバルザックを目指すことにしたらしいですね……
私は『ヴァンパイヤー戦争』等の「コムレ・サーガ」シリーズ(って言うんでしょうか?)は全く読んでいないのですが、ムラキっていうカッコイイ兄ちゃんが登場するんですよね?まさかそのムラキが駆と同一人物だとは言わないまでも、パラレル・ワールドの駆だというくらいの設定なんでしょうか。宗像冬樹もそういう伝奇小説を書いていることになっていますから、モデルに使ったということで。――でも、なんだか無理やりだな〜、ちょっとあんまりじゃないのかな〜……

それに、当初笠井潔の分身として登場したはずの矢吹駆も、いつの間にか現状の分身と言える宗像冬樹の憧れの存在に変容してしまっているんですね〜(そこだけは笠井さんも正直なのかも)。その宗像を私がえらくウザく感じたのは、やはり園主さまのせいだと思います(笑)。私だって笠井潔ファンとして、今までは笠井さんを「(駆のように)カッコイイ人」として受け取って来ましたから、ここ「花園」で暴露された文壇政治家としての数々の実績を目にした後では、宗像冬樹が孤高なカッコイイポーズをとればとるほど、「ケッ」と鼻白んでしまうこととなり果てました……嗚呼。

ちなみに、作中で宗像が料理するシーンがけっこうあって、それがずいぶんと美味しそうだったのを付け加えておきます。特に新年の特別料理として作ったブイヤベースに触発されて、私もシーフードカレーやミネストローネを作ってしまいました(笑)。私は滞仏中にマルセイユには行きませんでしたので、まだブイヤベースは食べたことがないのです。笠井さんの別キャラの飛鳥井も料理してましたが、宗像の方が上手そうだと思いました(笑)

さて、もっと書くことがありそうな気もするのですが、今日はここまでにしておきます。
 

「ほのぼの」だけでは済まされない!(後)

 投稿者:ホランド  投稿日:2008年10月14日(火)21時51分1秒
 

 さま

最近の購入本

> 携帯メールにも打ちましたように、チョッと精神的、肉体的にしんどい時期です。
> 今月下旬になれば、一段落となるので、定期的に現状報告できると思います。


 お仕事、お忙しいんですね。体をこわさない程度に、頑張って下さい(^-^)。


> ということで、いつ読めるやもしれぬ、最近の購読本を列挙したいと思います。


 おお、園主さまお薦めの本を、まとめ買いなさってんですね!


> 今は『虚無への供物』に耽溺しています〜。す、すごい!!!


 気に入っていただけたようで、ボクも『虚無』ファンとして嬉しいです!


 ところで、今日ご紹介した坂木司の『先生と僕』。園主さまが、よかったら淳さんに差し上げたいとおっしゃっているんですが、いかがでしょうか?
 本がかなり溜まっているようですので、ご負担になるといけないんですが、宗教がらみのお話なので、ご興味がおありかなと思いますし、なにより語り手の双葉が、どことなく淳さまを思わせるところがあって、淳さまならどうお感じになるのかなと思ったんです(笑)。

 それと、すでにご購入いただいた『トランプ殺人事件』は、たぶん創元推理文庫版だと思うんですが、園主さまが解説を書いた角川文庫版『トランプ殺人事件』はお持ちでしょうか? まだお持ちでないなら、一緒に送りますので、以上の二点、書き込みでもメールでも結構ですから、お知らせ下さい。



 Keenさま

Happy Birthday

> 本日は、聖(ある人々にとっては邪?)アレクセイ生誕記念日でございます。
> 園主さま、お誕生日おめでとうございます。
> これからの一年も、ますますのご活躍を!


 園主さまへのお祝いの言葉、ありがとうございます。――でも、「ご活躍」については、煽らないで下さいね(^-^;)。


>私はというと、わが街の図書館にリクエストしていた笠井さんの『青銅の悲劇 瀕死の王』がやっと入ったので、読み始めたところです。新刊なのにずいぶん時間がかかったものですが、お役所仕事だからこんなものなのでしょうか?
> で、とりあえず宗像冬樹ウザイ。『天啓の宴』『器』の時は特に気にならなかったんですけどね〜、これは読み手の私の方の変化かもしれませんが。
> あ、本の分厚さの割に軽いので驚きました。紙質のせいか、はたまた内容の(以下自粛)


 Keenさまには珍しい、なかなか辛辣なご感想。これが読了後に好転することを、笠井さんのために祈りたいと思います(笑)。


 ちなみに、これはまだ未確定情報なので、はっきりしたことは言えませんが、この年末刊行に向けて急ピッチで編集の進められている『幻影城の時代 完全版』(講談社)は、かなり値の張る豪華な本になりそうなんですが、竹本健治ファンには買い逃せない本になりそうですよ。

 と申しますのも、すでに園主さまが書かれていたとおり、竹本健治の書き下ろし短篇「匳の中の失楽」が収められるだけではなく、その他にも竹本健治がらみの企画が進められているとの話が伝わってきているからです。未確定なので無責任に書くことは出来ませんが、こうした企画がうまく実現することを祈って下さいね。実現したら、ホントにビックリしますから!



 園主さま

2008年夏・上京報告記(第1回 後編)

> ――するとその時、思い掛けない方向から「おまえが田中かあー!」という、かん高い素頓狂な声が上がりました。いきなり呼び捨てにするとは何者かと、ムッとしてそちらを見たところ、そこに立っていたのは、年齢40台後半、短髪で色黒の丸顔、身長体重は160センチの80キロ位、Tシャツにジーパンのベルトをギュッとしめて、ショルダーバックを提げた、見知らぬ男性でございました。
> 私がその男性に「どちらさんでしたっけ?」と尋ねますと、その男性は「おまえが、田中幸一かあー」と、酔っぱらっているのか、非常にご機嫌な様子で私を呼び捨てにするばかりでしたので、私はしかたなく近くのいた人に「この人、誰です?」と尋ねると「小説家の」何とかさんだと教えてくれましたが、私はどこかで聞き覚えのある名前だと思いはしたものの、いずれにしろよく知らない作家名でございました。

(中略)

> ともあれ、ご本人はもとより、あの場にいらした方で、あの方がどこのどなたなのかを正確にご存じの方は、是非この「アレクセイの花園」までご一報いただければと存じます。
> 今回は、曖昧な情報をもとに名指しして、万が一にも人違いであってはいけないと、名前を伏せさせていただきましたが、お名前の判明した暁には、きちんとご挨拶もさせていただきますし、必要なご挨拶もいただきたいと存じますので(笑)。


 その後、ご本人が名乗り出ることはなかったようですね。

 やっぱり、酔った上での醜態を曝したという自覚が、ご本人にも周囲の人にもあったのでしょうね。
 ――でも、やはり、社会人の礼儀の問題として、事後的に謝罪するくらいのことはしてしかるべきだと思うのですが、小説家の世界ではそういう常識も通用しないということなのでしょうか? ボク的には、そんな例外は到底みとめられるものではないんですが。


意志偏重者の弱点

自己分析

> そんなわけで、私がこの報告で言いたいのは、私でも胃潰瘍になるくらいの繊細な神経はある、ということなのでございます(笑)。


 今回の変調は、ストレス性の胃炎だったというご説明で、ご自身で強調しておられるとおり、ストレスを感じる神経はあるというご説明も、いちおうの納得はいきました。――でも、イメージの問題としてはやはり「あのアレクセイが、ストレス性の胃炎だって?」という奇異の感は否めないでしょう。

 まあ、「アレクセイの場合、たしかに心臓には毛が生えているが、胃にまでは毛が生えていなかった」ということで、納得することとしましょうか(笑)。


>> って、トラブルシューターとして(※ 「島崎博さんをお迎えする会」に)参加したこと、忘れていませんか?(-_-;)


> 忘れてはいないが、トラブルが起こらないことには、トラブルシューターの仕事も無いわけだからなあー(笑)。


 そういうのを、マッチポンプって言うんですよ!


2008年夏・上京報告記(第2回 前編)

2008年夏・上京報告記(第2回 後編)

> しばらくしてやってきた竜都さんは、竹本さんから事前に私の来ていることを聞かされていたのでしょうが、ちょっと照れた感じをにじませながら、スタジオに入ってこられました。
私が竜都さんに最後に会ったのは、たぶん竜都さんが中学生の頃で、黒の詰襟学生服のイメージが残っております。そんな竜都さんも今は大学生で、たしかに身長は以前より高くなられていましたが、童顔の印象はそのままでございました。
> 『ウロボロスの基礎論』にも描かれているとおり、赤ちゃんの頃から知っている竜都さんとのひさびさの再会は、私もたいへん嬉しゅうございましたが、大学生ともなれば、もう子供扱いには出来ませんので「おひさしぶりですね、すっかり立派になられて」と決まり文句の挨拶をした上で「もう竜ちゃんなんて呼んだら失礼ですよね。それに私の方も、昔はときどき家に来る変なオジサンということで済んでたけど、最近はミクシイとかでもすれ違ってて、私がどんな人間だかは、だいたい知られているからなあ」などと、関係の変化に伴う微妙な牽制の言葉を発したりもいたしました。竜都さんも「ええ、ミステリ関係のコミュへの書き込みとかは拝見していました」と、私のミクシイでの暴れっぷりを知っていると認めるお返事を下さり、竹本さんも「ときどき「アレクセイの花園」も覗いてるんだよね」と解説を加えて下さいました。――こんな感じで、そこからは主に竜都さんとお話することになりました。


 『ウロボロスの基礎論』で描かれた頃には、まだ「ガン消し」を蒐めてる子供だった竜都くんも、もう大学生ですが・・・。
 でも、なんだか小説以上に、ドラチックな感じすらしますね。あるいは『ウロボロスの基礎論』の、もうひとつの続編(笑)。


> 私は、このような竜都さんのお返事に、私が抱いていた「ローティー=宮台真司=竹本竜都」という理解が、大筋では外れていなかったという印象を強めましたので、「竜都くんが、理想とするところは、どんな感じでしょう?」と問うと「完全な社会システムの構築と、そのシステムから自由な、天才としてのシステム構築者です」というような、かなり率直な意見をうかがえたので、私も、より率直に「私は、東浩紀よりも、東浩紀につらくあたる大塚英志に共感的であり、そんな大塚英志が共感的な宮台真司の方向性も理解できないわけではないんですが、でも、システム論的な社会構成というのは、やっぱり嫌なんですね。俺はそんなものの枠内には収まらないよ、収まってたまるものかっていう反発が、どうしてもぬぐえないんです」という実感をつけくわえておいたのでございました。――つまり私は、ここで東浩紀に対する大塚英志の役回りを演じようとしたのでございます。


 このへんなんか、ちょっと初期「矢吹駆シリーズ」を思わせるところがあります。
 どっちが矢吹駆だというわけではありませんが、「思想的対決」という部分で。


『明日ひらめけ! マンガ家デビュー物語』

『明日ひらめけ! マンガ家デビュー物語』(藤野美奈子・メディアファクトリー)


 ボクも拝見しましたが、なるほど『一見ベタな設定で浮世離れしたキャラクターが演じる素っ頓狂なギャグとは裏腹に、マンガについて語られるセリフは極めてリアル。』という評価には、ふかく納得させられました。作中に登場する、二人の「大御所マンガ家」なんて、きっとモデルがいるんだろうなあー、と思わせられる、「リアルな創作バカ」ぶりでしたものね。

 また、そんな大御所マンガ家の一人が、マンガ家志望の少女(ムックこと)青田美雪を評価して語った「あなた… その年でずいぶんと想像力を持っているわね。きっと… ひとりきりの時間がたくさんあったのね」と言うセリフや、幼い頃のつらい経験がムックの創造の源泉になっていることを知り、思わず発した主人公のセリフ「ず…ずるいよ、ムックは。 だって、かわいそうなんだもん! そんなかわいそうな話、私には無いもん!」と叫ぶシーンは、恵まれない生育環境や劣等感が、創造への原動力へと反転する「創作=フィクション」の世界の逆説(秘儀)を描いて、とても興味ぶかく思いました。

 マンガ家や小説家になりたい人は、いつの時代にも多いようですが、望みどおりにそうなれた人が、かならずしも(一般的な意味での)幸福になれるというわけではないという事実も、こうした点を見れば理解できないことではないように思いました。





 ではでは、みなさん、おやすみなさい(ハート)。
 

「ほのぼの」だけでは済まされない!(前)

 投稿者:ホランド  投稿日:2008年10月14日(火)21時49分3秒
   みなさん、こんばんは! 今日は、園主さまからお薦めいただいたミステリについて書いてみようと思います。園主さまもご友人から奨められたのだそうで、ボクに貸してくれる時に「なかなか感じの良い作品だよ。いわゆる、人の死なない、ほのぼのミステリ(ニヤリ)」という感じでした。――つまり、最後の「ニヤリ」がひっかかる作品なのでした(^-^;)。

 その作品とは、坂木司の連作短篇ミステリ『先生と僕』(双葉社)
 ――都会の大学に入学した田舎出しの学生 伊藤双葉(♂)は、怖いのや残酷なのが苦手な、ちょっと時代錯誤なくらいに無難な好青年です。そんな彼は、大学で友だちになったテキトー青年山田よって、読むのも恐ろしいというのに、推理小説研究会に一緒に入部させられてしまいます。
 さて、そんな双葉が「いかにもいい人らしいから」という理由で、生徒本人に抜擢されて家庭教師を勤めることになった中学生男子の隼人くんは、ルックスはアイドルなみ、頭は名探偵なみのミステリマニア。その上、年齢不相応に世間の事情にも通じており、田舎出しで世間をしらない双葉に、都会の怖さ(常識)を指導してくれさえします。つまり、元来隼人くんには家庭教師などいらないのですが、親を安心させるために、人の良さそうな双葉を家庭教師に抜擢し、勉強を教えなくてもいいから、適当にその振りだけしてほしいという主旨の依頼をしてきたのです。でも、そこは人の良すぎる双葉のこと、それでは隼人くんのご両親をに申し訳ないということで、半分は普通に勉強し、半分は隼人くんからミステリのことを教わるなどの自由学習の時間ということで、手をうったのでした。

 ですから、タイトルの『先生と僕』というのは、もちろん隼人くんが双葉の「(ミステリと世知の)先生」であり、「僕」は一人称の語り手である双葉のことを指しています。つまり本書は、二人が日常の中で遭遇する事件や謎を、隼人くんがホームズ、双葉がワトソンの役まわりで解明・解決し、その過程で、双葉は隼人くんから現代社会の危険な側面についていろいろ指導教育され、最後は事件に関連した実在のミステリ本を奨められる、というパターンの連作短篇集なのです。

 以上のような結構からもわかるとおり、語り手である双葉は「極めつけのいい人」ですから、作品全体のトーンは、柔らかなユーモア、いわゆる「ほのぼの」感におのずと彩られていると言えるでしょう。
 しかし、そんな双葉の人の良さに惹かれながらも、現実の怖さを知っており万事にソツのない隼人くんは、時に双葉の人の良さに苛立ちもします。つまり、この作品は、一見したところは、ほんわかほのぼのミステリという感じなんですが、じつはそれに反する方向性をも持っていて、当初は隼人くんのしっかり者ぶりに感心し、自分の甘さを反省することしきりだった双葉も、次第に「人を信じるな」と教えているも同然の、隼人くんの「都会の人間観」に疑問を抱くようになります。

 最終的には、隼人くんの疑念が正しくて、双葉の見方の甘かったことが確認され、なんとなく隼人くんの考え方が、現実的であり正しいという印象を与えて一連の物語は幕を閉じる、そんな全5話からなるこの連作短編集なんですが、ボクの評価としては、たしかに大雑把に言えば、この本は「感じの良い作品」だと言えるでしょうが、このままでは「認識の浅さ」を露呈した佳作どまりということになってしまうんですね。
 ですから、このシリーズ作品が今後も書き続けられるのだとしたら「こうしなければならない」という方向性まで、ボクはあえて「先生」になって、以下に指し示しておきたいと思うんです。


 ※ 第4話「額縁の裏」のネタを割りますので、未読の人はご注意下さい。


 この作品集のなかで、最初にハッキリとひっかかりを覚えたのは、第4話「額縁の裏」でした。
 時間つぶしのためにふらりと立ち寄った小さな画廊で、そのとき展覧会をひらいていた、温かい絵を描く、感じの良い若い女性画家と知り合った双葉が、そのことを隼人くんに話したところ、隼人くんが周囲の状況などから、その展覧会が「宗教の勧誘」のために開かれているものだと見抜いて、双葉をその勧誘の罠から引き戻すという、そんなお話です。

 このお話で問題となるのは、隼人くんの「宗教」に対する過剰な拒否反応です。作中で、隼人くん自身『「おそらく教義もゆるやかで、ほどほどのものなんだろうね。もしかしたら癒し系だとかヒーリング、スピリチュアルなんて名乗っているかもしれない」』と認めているとおり、この作品に登場する宗教団体は、決して過激でも悪質でもなく(つまり、「カルト」に分類されるようなものではなく)、どちらかと言えば「そこそこのお金をもっている平凡な市民」を狙って勧誘するような「ぬるい」団体だと言えるでしょう。
 ところが、隼人くんは、そんな宗教団体であると認めていてさえ、「展覧会」や「自然食品」などを売りにして、そこから宗教に引き入れようとするやり方して、『詐欺』も同然で信用ならないと厳しく処断し、双葉がそこまで厳しく否定する理由を尋ねると、昔、クラスメートの母親が宗教にハマって、息子までむりやり宗教活動に引き込み、学校へもやらないようになってしまった。その結果、ひさしぶりに会ってみると、そのクラスメートまでもが人が変わったようになっており話が通じなくなっていた、という経験を語り、人を変えてしまう宗教の怖さを心底まなんだ、と言うのです。だから、双葉にはそんなふうになって欲しくなかったのだ、と。

 ここで隼人くんが語ったような話は世間によくあるもので、一般的な宗教嫌悪の根拠としては、とてもわかりやすい事例だと言えるでしょう。

 しかし、例えば「自爆テロ」で家族を亡くした人が、すべてのイスラム教徒を「悪魔」のように言うのと、隼人くんの宗教観(宗教嫌悪)とに、どれほどの違いがあるでしょうか? 根っからの犯罪者ですら「自爆」してまで、他人を傷つけようとは思いません。つまり、そうした「罪」の背景には、彼らをそこまで追い詰めた過酷な状況や事情があり、それに対する彼らなりの「正義の信念」があるからこそ、「自爆テロ=自爆攻撃」なんてこともできるんですね。
 同様に、初めから「宗教を装った詐欺」などは別にして、「宗教」には「宗教の論理(=正義)」というものがあって、それはおのずと、「世俗の論理(=正義)」とは別物なのです。だから、宗教に帰依した人が、世俗にいた頃とは、ころりと物の考え方が変わってしまったとしても、それはむしろ理の当然だとさえ言えるんです。

 たしかに、展覧会や自然食品を看板にして、いわばだまし討ちで勧誘するというのは決して誉められたものではありません。それにしても、そうまでしてでも「入信させ、その人を救いたい」という「善意」や「論理」が、彼ら信仰者の側にはあるのかも知れない。
 その場合、私たちは、そういう「善意の方便」を「だまし討ち」だとするだけで、そうした勧誘をおこなう「宗教の善意や論理」を全否定し、悪魔視しても良いものなのでしょうか? 例えば、「9.11ニューヨーク同時多発テロ」の事実をもって、アメリカに対し、殺意を伴う深い恨みを抱く人たちすべてが「絶対悪」の存在であり、それに対抗して「テロとの戦い」を繰り広げたアメリカは「絶対正義」の立場にあるなんてことが言えるのでしょうか?

 つまり、ボクに言わせれば、隼人くんの場合は、宗教嫌悪が行き過ぎていて、ほとんど「偏見・差別」の域にまで達している、ということになるんです。たしかに、おかしな宗教は多いし、宗教というものそれ自体がそもそも疑わしいものなんですが、だからといって、さしたる根拠もなくミソもクソも一緒くたにし、「他者の立場(=この場合は、宗教的な立場)」を全否定してしまう権利など、誰にもありはしません。
 人間には「思想信条の自由」もあれば「信教の自由」もあって、人はそれをお互いに尊重し合わなければならない義務がある。尊重する義務があるということは、否定批判する場合には、それなりに個別具体的な根拠を示さなければならないということであり、一知半解の「偏見」で全否定することなど許されないんですね。


 ですから、この『先生と僕』シリーズがこの先も書き続けられるのだとしたら、そこで描かれるべきは、最後は隼人くんが双葉から「他人を信じ、心から尊重する」ということを学び、成長する姿だと言えるでしょう。二人の良さがお互いの欠点を補い合い、よりバランスの取れた人格へと「止揚」されていく過程こそが描かれるべきだということになるんです。
 今の双葉のように「人を疑うということを知らない、過剰なお人好し」でもなければ、隼人くんのように「人を信じないが故に、孤独な無難に生きる」というのでもない、「人を信じるために、必要な慎重さと疑いを抱ける強い人間」に、二人が成長していく姿が描かれるべきなのではないでしょうか。

 しかし実際のところ、作者の認識はそこには到っておらず、双葉的あるいは隼人くん的に「甘い=浅い」ものに止まっているのではないかと、ボクは疑っています。
 というもの、本書には〈坂木司特別便「ホリデーとホテルと僕」〉という別刷挟み込みふろくが付いていて、そこには書き下ろしの掌編が収められているのですが、そのふろくの最後のページに、編集部からの次のようなメッセージが掲載されていたからです。



『 「ホリデーとホテルと僕」からのお知らせ
  ----------------------------------------------------
  「ホリデーとホテルと僕」。この掌編は、坂木さんが「読者のみな
  さまに何か贈り物ができたら」と書き下ろしてくださったのです
  が、いかがしたか? 楽しんでいただけたと思います。
  さて、最後までお読みいただいたみなさまに、さらにプレゼント
  がございます。
  『ワーキング・ホリデー』『ホテルジューシー』『先生と僕』の各
  初版帯についている3種類のマークを集めて言葉を完成させ、官
  製ハガキにはがれないように貼付の上、住所・氏名・お電話番号
  を明記し以下の宛先にお送り下さい。もれなく、坂木司特別便
  からプレゼントが届きます!
  〆切りは 2008 年4月末日消印有効。発送は 08 年6月より(た
  だし製作の都合上、遅れることがあります)。尚、いただいた個
  人情報は目的意外には使用いたしません。
  お待ちしております!

  宛先:〒 162-8540 東京都新宿区東五軒町3−28
             双葉社文芸出版部「坂木司」係      』



 ここに語られているのは、作者と出版社から熱心な坂木司読者に「善意のみから、プレゼントをしたい(他には何も望んでいない)」という主旨のことがらです。
 ――しかし、双葉ほどのお人好しではないかぎり、つまり隼人くんのように「世間の世知辛さ」を少しでも知っている人なら、これが所詮は「プレゼントに言寄せた、販売促進の営業活動」でしかないという事実に、すぐに気づくことでしょう。

 つまり、ここで行われているのは、あの作中の宗教団体が「展覧会」や「自然食品」に言寄せて「布教」をしていたという「欺瞞」と、本質的に何ら違わない行為なんですね。――で、作者もそれに加担している。
 まさにここでの作者坂木司の役どころは、第4話「額縁の裏」に登場した、その身分を秘して双葉に近づいた宗教団体のお抱え画家の女性、そのものだと言えるんです。

 したがって、明敏な作者であれば、こうした「自己矛盾」にも気づいて、このような欺瞞的な「販促キャンペーン」の片棒を担ぐのを断ったことでしょう。それをしなかったのは、自分のしていることの意味を理解していなかったからに違いありません。

 きつい言い方をすれば、これは「他人には厳しく、自分には甘い」、あるいは「他人の商売の仕方には倫理的厳格さを求めながら、自分の商売のやり方には世間並みの倫理しか求めない」ものでしかない、と言えるでしょう。――こうした「手前味噌で自己中心的」な視点から脱却できないかぎり、本当の意味での双葉や隼人くんの成長を描くことは出来ないと思うのですが、さて、みなさんはどうお考えになるでしょうか?





( 以下は「「ほのぼの」だけでは済まされない!(後)」に続く)
 

『明日ひらめけ! マンガ家デビュー物語』

 投稿者:園主  投稿日:2008年10月13日(月)17時16分2秒
  みなさま、本日は、是非ともお薦めしたいマンガを、ご紹介させていただきます。

『明日ひらめけ! マンガ家デビュー物語』(藤野美奈子・メディアファクトリー)は、下にご紹介する『朝日新聞』所掲の南信長による書評によって、初めてその存在を知ったのでございましたが、購読して本当によかったと思える作品であり、また初見の書評家である南の書評が、過不足のない、じつに的確なものであったと確認させられる作品でもございました。
まずは、南の書評を、全文引用しておきたいと存じます。



『 またしても“漫画家マンガ”の快作の登場だ。主人公は、漫画家をめざす女子高生・くるみ田小鳩。初めて描き上げた作品を憧(あこが)れの『少女ドリーム』編集部に持ち込むも、容赦ないダメ出しに打ちのめされる。それでもめげずに持ち込みを繰り返す小鳩の奮闘を中心に、漫画家志望者&大御所漫画家&編集者たちが抱くマンガへの情熱を、ギャグとシリアスを織り交ぜつつ描く。
 一見ベタな設定で浮世離れしたキャラクターが演じる素っ頓狂なギャグとは裏腹に、マンガについて語られるセリフは極めてリアル。無理して今風の絵を描こうとする大御所作家への辛辣(しんらつ)な批評、マンガ誌における作家の序列、編集者と漫画家の力関係など、見ているほうがハラハラするほど生々しいシーンが続出する。一方、『少女ドリーム』主催の漫画スクールで語られるマンガ論は、実際の漫画家志望者にも参考になるだろう。
 そして何より彼ら、彼女らの心理描写が胸に迫る。平凡な人生を送ってきた自分が人を感動させられるのかと弱気になりながらも、新人賞応募作を必死で仕上げる小鳩が味わう恍惚(こうこつ)感。その小鳩のファンレターに救われる大御所漫画家。小鳩のライバルでコンプレックスをバネに漫画家への階段を駆け上がる美雪、知識は豊富だが描く才能には恵まれていない漫研部長・谷。それぞれの気持ちを丁寧に拾いつつ、笑い泣きさせる作者の筆力とマンガ愛はハンパじゃない。』

      ( [評者]南信長・2008年9月28日付け『朝日新聞』所掲・「asahi.com」より)



本作の魅力は、南の『それぞれの気持ちを丁寧に拾いつつ、笑い泣きさせる作者の筆力とマンガ愛はハンパじゃない。』という評言に尽きるものでございましょう。つまり、人間観察に優れた作者による見事な人間描写と、マンガ創作に情熱を賭ける者たちへの愛情に満ちあふれた作品なのでございます。

表紙や絵柄だけを見ると「ギャグマンガ」という印象を与えますが、決してそれだけの作品ではございません。
むしろ、マンガに限らず「本物のクリエーター」というものは(マンガ家・小説家・映像作家・美術作家・音楽家・研究者などのジャンルの違いを問わず)、得てして「奇妙な情熱にとらわれた存在=一種の狂人」であり、彼らの行動様式は、その「真剣さ」において実にしばしば「ギャグ」的なものであるため、「ギャグマンガ」という表現形式が、「芸術家物語」にはじつのところピッタリなのだ、ということだったのでございましょう。

ともあれ、「創造・創作」にかかわる人間たちの夢と情熱と葛藤を、多面的かつみごとに描き出した、マンガ創作への愛情溢れる傑作として、私はこの作品を多くの人にお薦めしたいと存じます。

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2008年夏・上京報告記(第2回 後編)

 投稿者:園主  投稿日:2008年10月13日(月)11時49分23秒
 
※ 承前


しばらくしてやってきた竜都さんは、竹本さんから事前に私の来ていることを聞かされていたのでしょうが、ちょっと照れた感じをにじませながら、スタジオに入ってこられました。
私が竜都さんに最後に会ったのは、たぶん竜都さんが中学生の頃で、黒の詰襟学生服のイメージが残っております。そんな竜都さんも今は大学生で、たしかに身長は以前より高くなられていましたが、童顔の印象はそのままでございました。
『ウロボロスの基礎論』にも描かれているとおり、赤ちゃんの頃から知っている竜都さんとのひさびさの再会は、私もたいへん嬉しゅうございましたが、大学生ともなれば、もう子供扱いには出来ませんので「おひさしぶりですね、すっかり立派になられて」と決まり文句の挨拶をした上で「もう竜ちゃんなんて呼んだら失礼ですよね。それに私の方も、昔はときどき家に来る変なオジサンということで済んでたけど、最近はミクシイとかでもすれ違ってて、私がどんな人間だかは、だいたい知られているからなあ」などと、関係の変化に伴う微妙な牽制の言葉を発したりもいたしました。竜都さんも「ええ、ミステリ関係のコミュへの書き込みとかは拝見していました」と、私のミクシイでの暴れっぷりを知っていると認めるお返事を下さり、竹本さんも「ときどき「アレクセイの花園」も覗いてるんだよね」と解説を加えて下さいました。――こんな感じで、そこからは主に竜都さんとお話することになりました。


竜都さんに「映画監督科ということですけど、どういう作品がお好きなんですか? お好きな映画監督は?」というような質問をいたしましたところ「最近のでは『ノーカントリー』が良かったです」というお返事。私は「ああ、あの宇宙人ジョーンズ(トミー・リー・ジョーンズ)が保安官役かなんかで出ている、殺人鬼が主人公の、アカデミー賞を取ったやつですね」と受けたのでございますが、幼い頃は熱狂的なバスター・キートンのファンであった竜都さんの口から出てくる作品としては、やや意外の感がございました。
未見ながら『静寂のなかに漂う異様なまでの緊迫感――コーエン兄弟の最高傑作誕生!』などと評されるこの作品については、私は、友人のlainさんのブログ「lainの極私的独白」で同作評を読んでおりましたし、また上京前に、この映画の原作者であるコーマック・マッカーシーの新作『ザ・ロード』(新潮社)もたまたまですが読んでもおりましたから、この映画について、おおよそのイメージはつかんでいるつもりだったのでございます。

私が「なるほど。他には、昔の作品でもいいですけど」と尋ねると、竜都さんは「『地獄の黙示録』とかも好きですし、キューブリックはだいたい好きです」というようなお答えだったので、私は「かなりハードな作品がお好きなんですね。それから、凝った本格的で重厚な作品が……」と応えて私の理解を示したところ、特に否定はされませんでした。


また、以前、竹本さんから、竜都さんが中学生の頃から社会学者宮台真司のファンだというのを聞いておりましたので、その方面の質問をぶつけてみました。
「宮台真司がお好きだと聞いているんですが、最近はどんなものを読んでおられるんですか? 私の方は、こないだから『ゼロ年代の想像力』(宇野常寛・早川書房)という評論を読んでいるんですが、その帯文を宮台真司が書いていましたよ」と振ると「どんな内容ですか?」と聞き返されたので「もちろんタイトルどおりなんですが、目を惹くのは、東浩紀批判がなされているという点ですね。好きなもの擁護ではない、本格的な新世代批評の誕生というようなことで、宮台さんは推薦してたんじゃなかったかな?」と説明したところ「それは面白そうですね」と食いついてきてくれました。

次に私は、こんなふうに話を広げました。


「結局、東浩紀のオタク評論というのは、たしかに新しくはあったんですが、自分の好みのものの擁護論に終始していて、時代の変化を公正・客観的に評価しているとは言いがたい。東浩紀が見落とし放置してきた部分にこそ、新世代の注目すべき論点がある、というのが著者の意見なんですね。で、この問題提起は、なかなかスリリングで面白いし、なんどもおさらいをしてくれるので、とてもわかりやすい本ですよ。私の印象から言えば、やはり著者は、哲学・思想系の人ではなく、社会学系の人であり、問題設定がかなり現実的なんですね。そのあたりが、東浩紀よりもずっと宮台真司に近いところなんじゃないかと思います。

ほかには、最近刊行された、東浩紀と大塚英志の対談集(『リアルのゆくえ』・講談社現代新書)も、なかなか面白かったですよ。ここでもやっぱり、一貫して大塚が東の自閉性と言うか、非政治性に危惧を表明して、しつこく搦んでいるんですね。この対談集は、たしか2001年頃のを最初に、断続的に行われてきた対談を1冊にまとめたもので、ニュアンスに多少の変化はあるものの、基本的には、年長の大塚英志が新世代のホープである東浩紀に注文をつけるというかたちに変化はありません。東は、年長者である大塚に敬意を表しながらも、大塚のしつこい追求に対して時々いら立ちを隠せなくなるんですが、大塚の方は確信犯だし馴れたものだから、そうしたところから本音を引き出そうとするんです。以前に、アニメーターの安彦良和と大塚英志の対談を読んだんですが、その時なんか、もうほとんど本気の喧嘩で、安彦が年長者であり、つき合いも長いという安心感からか、大塚英志の舌鋒はもっと厳しくて、政治運動に馴染めないものを感じ、一歩退いた位置で、作品を通して語ろうとする安彦を、大塚は、結局のところ逃避だと厳しく批判していましたが、東浩紀との対談も基本的にはそんな感じなんですね。口振りはずっとソフトなんですけど。

私も、どっちかって言うと、左翼的な人間なんでしょうが、これまで市民運動家と論争したことなどもあって、安彦さんの覚えているであろう左翼運動家に対する違和感には、非常に共感を覚える部分はあるんですよ。運動家っていうのは、しばしば独りよがりで頭が悪く、しかも、うさん臭いところがある。だから、運動に関わりたくないという気持ちが強い一方、現実問題としては、運動を無視することはできないというのは百も承知していますから、大塚英志のあえて運動と連帯するというのも、理屈としてはよくわかるんです。宮台さんが、まったり革命の不可能性に直面した後、あえて天皇制でしたか、そういうのを選んだという方向性と、大塚英志のあえて市民運動というのは、その動機には共通する部分があって、その点で大塚英志は宮台真司に、政治的立場は違えど共感・擁護的であり、その点では、東浩紀は大塚英志と宮台真司の両方から、その自閉性・反政治性を批判されるんですね。もちろん、安彦さんの場合と同様、東さんが政治運動的なものに期待できず、ただ新時代に正しくコミットするための知的環境を整える作業に専念しようとするそんな選択については、知識人の態度としてわからないではないんですが、でも、同時代の人間としては、大塚英志の立場か東浩紀の立場かと問われれば、私は大塚英志に共感してしまうんです」


この説明には、たぶん私が竜都さんに感じている不満に発する、いくばくかの挑発が含まれていたと存じます。――と申しますのも、竜都さんは非常に早熟な頭のよい青年らしく、私と話していても、どこか年齢不相応におちついた、卒のない感じがあったのでございますね。
で、私はそういう部分と、竜都さんが宮台真司ファンだということが、決して無縁ではないと思えたのでございます。

現代思想を齧った方ならご承知のとおり、宮台真司は、社会システム論で知られるアメリカの社会学者リチャード・ローティーの影響を強く受けた、社会学者でございます。
ローティーは、アメリカのプラグマチストとらしく、自分たちが求めるべきものは「哲学的真理」とか「理想」とか「人間の本来性」などといった自己満足的な観念ではなく、「現実的な社会システムが避けがたく持ってしまう人間に対する残酷さを、いかに軽減するか(その処方箋)」なのだというようなことを主張します。その点で、ローティーは、「理想・理念主義的な」左右両派から「にやけたニヒリスト」として批判され、「コミュニケーション的理性」による討議理論をかかげ論争家としても知られる(私の好きな)ドイツの理想主義的哲学者ハーバーマスからも、その「官僚性」を批判されたりいたしました。

つまり、ローティー主義者である宮台真司は、人間の理性、とくに大衆の理性やそれへの啓蒙に期待したりなどせず、個人に期待せずとも社会がうまく回るようなシステムの構築を目指しますし、それしかないと考えます。だからこそ、宮台真司は、「島社会の平存」に期待した「まったり革命」の不可能性に直面した後は、あえて「天皇制」を利用した(日本における)社会システム再構築の可能性に賭けることにしたのでございます。

――で、こういう宮台真司に惹かれるというのは、早熟の俊才である竜都さんの場合ですと、とてもわかりやすいことなのではないでしょうか。
端的の申しますと、その意図するところが「最大多数の幸福のため、よりよき社会構築のため」にあるとは言え、ローティー、宮台真司、そして竜都さんの視線は、いかにも「エリート」的な「鳥瞰視=上から目線」の印象が強いのでございますね。
で、私は、そういう立場も当然「あり」だとは思いますものの、基本的にはそういうのは「嫌い」でございますから、そうした「そういうお高くとまった立場からの現状理解と対策では、実際の問題解決は無理でしょう」的な認識を、東浩紀に対する大塚英志の態度に託して語ったのが、上の言葉だったのでございます。


竜都さんは「ネットなんかで国際政治や歴史関連のサイトやミクシイ・コミュニティーなんかを見ていると、いろいろと勉強になって、それまで見えなかった構造や必然性みたいなものが、なるほどと理解できるようになってくるんです。やはり、物事には、そうなるべくしてそうなったという理由があって、それが無知によって見えないだけだったんだと思わされることが、よくあります。もともと、僕は歴史が好きだったんだけど、歴史なんかも、よく勉強すると、なるようになっているとしか思えないんですね」とおっしゃる。

私はこれにも対抗して「しかし、そういうのは結局のところ、後づけの論理、後知恵に過ぎないということにはなりませんか? たしかに、事後的にみれば、過去の事象をきれいに説明できることが多々あって、もうそれが真実としか思えなくなるということも多いんですが、しかしそれは過去の時点でも同様で、その時には真実だと確信されていたことが、後では誤認であったと説明されてしまう。ならば、私たちが今、これが最終的な真実、これが正しい理由であったと思っていることも、後の時代では、じつはそれは誤認であり、未来の現時点では、また別の、これしかないというような正解が語られている可能性も、極めて高いと思うんです。ですから、私としては、そういう知っていればわかるみたいな現状認識には、どうも賛同しかねるんです。それにネット論壇を軽視するつもりはありませんが、どうにも信用できないところがあって、基本的には活字から知識を得る部分が大きい。活字なら、一定のフィルターを通しているから、ある程度は信用できるという感じがあります。まあ、単純に活字が好きだということではあるんでしょうが」と言うと、竜都さんも「もちろん、ネットの言説は玉石混交ですから、当然リテラシーというものが必要なんですが、それはどこでも同じで、ある程度は馴れでなんとかなるものだと思いますよ」というようなご感想でした。

私は、このような竜都さんのお返事に、私が抱いていた「ローティー=宮台真司=竹本竜都」という理解が、大筋では外れていなかったという印象を強めましたので、「竜都くんが、理想とするところは、どんな感じでしょう?」と問うと「完全な社会システムの構築と、そのシステムから自由な、天才としてのシステム構築者です」というような、かなり率直な意見をうかがえたので、私も、より率直に「私は、東浩紀よりも、東浩紀につらくあたる大塚英志に共感的であり、そんな大塚英志が共感的な宮台真司の方向性も理解できないわけではないんですが、でも、システム論的な社会構成というのは、やっぱり嫌なんですね。俺はそんなものの枠内には収まらないよ、収まってたまるものかっていう反発が、どうしてもぬぐえないんです」という実感をつけくわえておいたのでございました。――つまり私は、ここで東浩紀に対する大塚英志の役回りを演じようとしたのでございます。


この後、竜都さんが五所さんの会社へ面接に行った時の話など、いろいろ楽しいお話も聞かせていただきました。しかし、例年であれば、夜型である竹本さんにつきあっていただき、朝方までテレビを見ながらあれこれ語り合うのでございますが、今回は、翌日の正午に吉祥寺の喫茶店で村上昂画伯にお会いし、お話をうかがうことになっており、その後も、淳さんと初体面を果たして一緒に「幻影城の時代展」を見に行くというぐあいな日程がつまっておりました。また、竜都さんは翌朝が早いと聞いてもおりましたので、その夜は、わりあい早く0時すぎには床につかせていただきました。

翌朝、私が目を醒ました時には、すでに竜都さんはスタジオを発たれておりましたので、竹本さんと二人で朝食を取りに出、朝食を済ませた後、駅前で竹本さんにお礼と別れをつげて、私は吉祥寺へと向かったのでございます。





 本稿を一昨日10月11日夜にアップした際、文中に言及した大西将美画伯のご尊名を誤記しておりました。そこで昨日いったん削除し、本日訂正を加えて再アップさせていただきました。記してお詫びいたします。(アレクセイ)



(「2008年夏・上京報告記(第3回)」につづく)

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2008年夏・上京報告記(第2回 前編)

 投稿者:園主  投稿日:2008年10月13日(月)11時43分45秒
  みなさま、本日は「2008年夏・上京報告記」の第2回でございます。


「島崎博さんをお迎えする会」の翌日である9月14日、私は宿泊をさせていただいた友人の家で目を醒ましました。
この日は、高校の同級生であった旧友 野村和哉宅を訪問し、そこへ泊めてもらう予定でございましたが、あまり早く行くのも何ですので、宿泊させてくれた友人宅で朝食をよばれ、しばらくゆっくりした後、友人と二人で昼食と近くの古本屋の冷やかしに出て、いったん友人宅に戻ってから野村宅に向かうことにいたしました。
今回の上京では、私は自分のための古本屋めぐりをする気はさらさらなかったものの、ただ翌々日(16日)友人に紹介してもらう予定の村上昂(村上芳正)画伯が装丁を担当した本のデータを、大阪よりも本の多い関東の地で、できれば一つでも収集しておきたいという思いがあったのでございます。

結果としては、村上データの収集は叶いませんでしたが、立ち寄った「ブック・オフ」の近くに、前回の上京の折にも併せて立ち寄った、わりあい大きなプラモデル屋がございましたので、もともとモデラーだった私は、今回もその店に立ち寄ることにいたしました。
その店であれこれAFV(装甲戦闘車輛)関係のプラモデルを物色しておりましたところ、同行の友人が「これ、幻影城に時代展に出品される、大西将美さんの作品ですよ」と、私にプラモデルの薄い箱を手渡してくれました。見てみるとそれは、タミヤ社の「1/16 ワールドフィギュアシリーズNO.5 ドイツ・アフリカ軍団 ロンメル元帥」のキット(組立て模型)でございました。

端的に申しますと、私の場合「幻影城の時代展」については、村上昂にしか興味がなかったのでございますが、ただ、今回のグループ展への参加作家の中で、その名さえ知らない画家というのは、この大西将美だけでしたので、上京する前に、一度だけネット検索をかけていたのでございます。
その際、検索にひっかかったのは、プラモデルのボックス・アート(戦車や兵士や将軍の肖像など)を中心に、端整でリアルなカラーイラストで活躍している人気画家の「大西将美」だけで、「挿絵画家」としては『幻影城』以外はまったくヒットしなかったため、私はそのあまりの「畑違い」ぶりに「同一人物だろうか? それとも同名異人だろうか? まあいいや」と、なんとなくそれで済ませていたのでございます。

ところが、そんな私が、大西画伯の「ロンメル将軍全身肖像画」に、すっかりいかれてしまったのでございます。
もともと、子供の頃は戦車専門のモデラーであり、ご多分に漏れず最初は、ずば抜けてデザインセンスの良い、ドイツ軍の戦車や兵士(軍服)に惹かれました。そしてそんな(絵になる)ドイツ軍のなかでも、縦横無尽の知略によって敵軍から「砂漠のキツネ」と怖れられながら、同時にそのフェアな戦いぶりで敵将からの尊敬をも勝ち得た、ドイツ軍のきっての英雄であり、かつ最期はヒトラー暗殺に加担したとして自殺を強いられた悲将でもあるエルウィン・ロンメルに、私は神話的なヒーローに対するのにも似た尊敬の念を、昔から感じていたのでございます。――そして、そのロンメルのアフリカ戦線での勇姿を、大西画伯の絵は、過不足なく見事に描き切っていたのでございます。

「ああ、やっぱり同一人物だったのか。しかし、これなら『幻影城』の挿絵とは無関係に、この絵を描いた画家にぜひ会いたい!」――そう思ったところへ、友人が「これにサインをもらったら、どうですか」と言ったので、「そうか、その手があったのか!」と、私は小躍りせんばかりの喜んだのでございました。


その後、友人宅を発ち、野村宅に向かいました。
野村和哉は、昨年の上京の際に約3年ぶり会った高校時代の親友 久保木(※ 詳細は「ドン・キホーテの闘い(上)」参照)と共に、高校時「三羽鴉」を形成した親友で、竹本健治の『ウロボロスの純正音律』(講談社)でも、なかなかの活躍を見せた人物でございます。

野村は『ウロボロスの純正音律』でも描かれておりますとおり、「絵が描ける」私の友人ということで、竹本健治のマンガ作品『入神』を手伝うため、「玲瓏館」こと「スタジオ・シエスタ」に出入りしているうちに、おなじく竹本ファンとして『入神』のアシスタントをつとめていた大森弘恵さんと出会いました。同作中では、二人が結婚をする時点まで時間は進みませんでしたが、現実の方ではその後二人は結婚し、現在は2歳になる可愛いお嬢さんと三人で暮らし。――私が向かったのは、そんな野村・大森家だったのでございます。

夕刻、最寄りの駅で、出迎えに来てくれていた野村父子と合流し、そのまま野村宅へ向かい、大森さんに久闊を叙した後、お風呂を借りて、夕食をいただきました。
最初は、私という来客が珍しかったのか、興味は津々なものの照れくさいそうだったお嬢さんも、私が積極的に遊び相手になってあげると、すっかりハイになって喜び、懐いてくれました。その後、大森さんがお嬢さんをお風呂に入れて寝かしつけ、私と野村は、予定どおり、近くのカラオケ店へ行き、夜中の0時までの3時間を、熱唱に注ぎ込んだのでございました(何をしているのやらと言うなかれ。そういうセリフは、私の歌を聞いてからにするのだな――と、シャア・アズナブル風)。

翌日は、野村一家と共に、スタジオ・シエスタを訪問いたしました。スタジオでは、もっぱら野村がお嬢さんのお相手(お嬢さんが見つけた、森田健作の絵本の読み聞かせなど)をし、私と大森さんが竹本健治さんとあれこれ歓談し、持参した本にサインをもらったりいたしました(ちなみに私は、大阪より持参した台湾版『匣の中の失楽』に「匣中的失楽  竹本健治」と識語署名をいただきました)。
しかし、それも束の間、今回は子連れということで、野村一家は電車の込みあう夕刻を避けて、早々に引き上げてゆきました。

その後、まだ仕上がったという話を聞いていなかった、『幻影城の時代 完全版』(講談社刊行予定)への書き下ろし短篇について尋ねてみると、竹本さんは、ラベルも貼っていない1枚のフロッピーディスクを取り出して「これ完成したんで、明日、本多(正一)さんに会うんでしょ? 渡しておいてもらえませんか」と、私に重大な使命を託されました。これが、デビュー長編『匣の中の失楽』のサイドストーリーとして書かれた「匳(こばこ)の中の失楽」でございました。

9月頭ごろでしたか、今回の上京でもスタジオにお邪魔させていただき、できれば一泊させていただきたいとお願いの電話を差し上げた際、この短篇について「もう書けましたか? もうそろそろ締め切りなんじゃ?」とお尋ねしたところ「いや、ぜんぜん書けてません」と、じつにあっさりした返事が返ってきたので「構想くらいはあるんでしょう?」と重ねて尋ねると「いや、まったく」と、またもきっぱりとした力強い(?)お返事。つい「大丈夫なんですか?」とお尋ねしたところ「いつでもこんな感じですから、何とかなるでしょう」とのお話でしたので「さすがはプロですね。締め切りが近づいたら何とか書いちゃうんですね。私なら怖くて、とてもそんな(『匣の中の失楽』のサイドストーリーを書くといった内容限定の)約束はできませんけど」と感心したのでございますが、実際、上京してみると、件の作品が仕上がっていたのでございますから、かつては遅筆と言われた天才型作家の竹本健治も、やはりプロなんだなと感心させられた次第でございます。

その後でしたか、マガジンハウスの雑誌『ウフ.』の女性編集者がスタジオにいらして、10月15日発売号に掲載される短編「依存のお茶会」の著者校正原稿を受け取って帰られるなどしたので、私は「ああいう、読み切りの短篇はべつとして、現在は『闇に用いる力学・黄禍篇』と『ツグミはツグミの森』の二長編の連載がありますから、その連載中は「キララシリーズ」と「牧場智久の雑役シリーズ」は、しばらくお休みというわけですよね?」とお尋ねすると「だいたい、そんな感じでしょうね」というようなお話でございました。

そこで私は、冷やかし半分に「それにしても、近年の竹本健治は、本当によく仕事をしていますよね。昔は遅筆で、あれでよく喰っていけるななんて噂された作家なのに。やっぱり竜ちゃんのためなら頑張れるということでしょうね」などと言うと、竹本さんは、頭を揺らしながら「そりゃあ、今はたいへんですよ。書き下しの長編なんてやってる余裕は、ぜんぜんありませんからねえ」とおっしゃる。そこで私は「このスタジオも、もう10年ちかく借りっ放しですけど、そうなるとマンガの2作目も当分は無理ですねえ」と水を向けると、「ひとまず竜都が卒業して、一人立ちしてくれないことにはねえ」とおっしゃるので「でも、映画監督科ですか? 卒業したって、おいそれとは就職できるようなもんじゃないでしょう?」とお尋ねすると「そりゃそうですけど、ひとまず卒業したら、後は自分の力で頑張ってもらわないと」というようなお話でございました。

そんな話をしておりますと、竹本さんが「ところで、今日は竜都がここに泊まりに来るんですよね」とおっしゃる。一昨日の「島崎博さんをお迎えする会」で、五所光太郎さんの口からも名前の出た、件の竹本竜都さん。
なんでも、学校の演習で、明日はいつも通っている所沢キャンパスではなく、都内の江古田キャンパスの方へ、朝早く行かなければならないので、スタジオに泊まりに来ることになっているのだという話でございました。





( 以下は「2008年夏・上京報告記(第2回 後編)」につづく)
 

自己分析

 投稿者:園主  投稿日:2008年10月 8日(水)22時09分25秒
  みなさま、薬が効いたのか、おかげさまで昨日ご報告いたしました、胃の痛みはすっかり退きました。今朝までは、胃もたれに似た違和感が残っていたのでございますが、時間の経過とともにそれも薄れ、現在ではほとんど何の違和感もございませんので、明日からは無事に仕事に出るつもりでございます。ご心配をお掛けしました。

さて、こんな報告だけではつまりませんので、ここでは、今回のことであれこれ考えさせられた自身の性格について、少々「自己分析」を書かせていただきたいと存じます。


まだ胃カメラを呑んでおらず、原因は確定していないものの、胃痛の発生状況や医師から処方をうけた薬の内容などを見てみますと、私の今回の胃痛は、新職場でのストレスによって、神経が誤作動を起して胃酸を過剰分泌した結果の、胃壁の自己損傷だったようでございます。
このように、前例の無いほどのストレスを私が感じたのは、新環境がことさらに過酷であったということではなく、むしろ当分の間「車の運転」において同僚に依存しなければならないという状況が「負い目」となり、「早く運転できるようにならなければ」という焦りも生じて、それが過剰なストレスとなったのだと思います。

そこで、この点に着目いたしますと、私の基本的な性格としてわかるのが「他人の世話になりたくない」「他人に借りを作りたくない」という気持ちが人一倍強い、というようなところでございましょう。

これは以前から自覚していたことでございますが、私は「借り」というのがすこぶる嫌いな人間でございまして、人に何かをしてもらったりすると、その「恩」を一日も早く返さなければならない、そうしないと落ち着かない、という気分になります。
ですから、決して自慢するわけではないのでございますが、人に奢るのは好きでも、奢られるのは嫌いなのでございます。もちろん、よほど心を許せる友人であれば「気持ちよく奢られるべきだ(そうでないと、相手に悪い)」と考えますから、奢られることを拒絶することまではいたしませんが、それにしても、あらかじめそこには「恩を返す用意はあるから、ここは気持ちよく世話になる」という気持ち(心の準備)があり、その根底には「受けた恩は、必ず返さなければならない」という強迫観念にも似た感情が伴っているという事実は、否定できないのでございます。

ですからまた、そんな私の基本姿勢は「自分でぜんぶやるから、放っといて下さい」という感じとなり、そのため、転勤間もなく、まだ親しいとも言いがたい同僚、ましてや年上の同僚に頼らないと仕事にならないという現在の状況は、私的には大変な「債務」感を感じざるを得ないものだったのでございます。

また、そのように考えてみますと、私がこれまで「借金」というものにまったく無縁できたのも、カード決裁が嫌いで即金でしか買物をしないことも、これすべて「借りを作りたくない」という気持ちが、根底にあったからでございましょう。


そして、こうした性格を、私の批評態度に当て嵌めてみますと、私が批評において「呵責がない」というのも、批評行為によって望まず発生しがちな「貸し借り」関係を拒絶したいという気持ちがあったのではないかと存じます。

例えば、ある作品を誉めると、その作者から「感謝」される場合がございます。だからこそ、職業評論家は誉めることで恩を売ってその後の商売につなげていくのでございましょうが、私の場合「作品が良いと思ったから誉めているだけであり、作者に感謝される謂れはない」という感覚ですので、変に感謝などされると、逆に「感謝などしなくてもいいのに、なんだか申し訳ないな」という「借り」の感覚が生じてしまうのでございますね。
その点、否定的評価であれば、相手が不必要にこちらに「好意」を示すこともございませんから、こちらも「貸し借り」のない関係として、気持ちよくやれる。つまり、特に好きな相手でもなければ、むしろ「敵対関係の方がスッキリしている」という感覚なのでございます。

また、先日の「2008年夏・上京報告記(第1回 前編)」に、



『さて、会場は十分に広く、参加者も会場の広さに見合ったまずまずの人数となって、ひとまず一安心というところでございましたが、私個人としては、この人数の会合というのは、人が多すぎて暑苦しいというのが正直なところでございましたから、会の進行中は、会場入り口の外側脇の受付に座っていたり、入り口ドアの外側から会の進行の様子を窺ったりしておりました(境界的人間、あるいは外部の目/笑)。したがいまして、演壇上の方の声こそ聞こえど姿は見えず、余興として行われた泡坂さんの手品では、観客のみなさんの歓声だけを聞き、栗本薫さんのピアノ演奏では、ピアノの音だけを聞いておりました。』



と書きましたが、私がここで『私個人としては、この人数の会合というのは、人が多すぎて暑苦しいというのが正直なところでございました』と書いたのも、たぶん私の場合には「大人数に対しては、責任が負いきれない」という感覚があるからなのでございましょう。
つまり、私がその場にいるのに、私の目が届かない結果として、放置状態になる人があっては申し訳ない。自分が主体的に関わるからには、すべての参加者に配慮したいと、そんな「完璧主義」があって、それを満たせないとなると、「申し訳ない」という「借り」の感覚が生まれてしまう。だから私は、全員に配慮しうる規模の会合にしか、安心して参加することがしにくい。もしも、付き合いや何かで参加しなくてはならない時は、「島崎博さんをお迎えする会」でそうしたように、自分自身を「部外者=疎外された者」の位置に置こうとしてしまうのでございましょう。


それにしても、どうして私はここまで「不必要な配慮」をしてしまうのか? それは、ひとつには私が幼い頃、泣かされ坊主で、疎外感を覚えることの多い子供だったからかも知れません。そういう子供だったからこそ、人の親切がとても身に沁みるし、だからこそその親切を受けっぱなしではいられない。
また、陽のあたっているところよりもむしろ、その陰の部分にばかり目がいって「疎外されている人がいるのではないか」と、そればかりが気になってしまう。日なたの部分と日陰の部分の落差が気になり、日陰に部分に対する一般の鈍感さに苛立って、日なたの部分に対して、必要以上に狷介になってしまう。


こんな私は、いったい何を望んでいるのでしょう? たぶんそれは、「日なたと日陰」の区別がない、「貸し借り」の関係がない、極めてフラットな、言い換えれば「自他未分」にも等しい「平等」な世界を求めているのでございましょう。そうであれば、他者に気を使う必要がない。

私は「傍若無人」と評されることもある人間で、それを否定する気持ちはさらさらございませんが、私が傍若無人に振舞うのは、たぶん人に「借り」を作りたくないからなのでございましょう。
当たり前のことをしているだけなのに「あの人はいい人だ」などと言われてはシンドイだけなので、私のことをよく知らない人については、相手の方で「ある程度の距離」をおいてくれるような、そんな態度を採っているのではないかと思われます。
したがいまして、私にどこか近寄りがたい雰囲気があるとしたら、それは私が意図的に生み出しているものなのでございましょう。しかしその一方で、私は、そんな防御壁を通り抜けて、私を理解してくれる少数の友人を求めているのではないかと存じます。つまり、私は決して、人間嫌いというわけではないのでございます。


なんだか、まとまりのない文章になってしまいましたが、これが現時点での「自己分析」の結果でございます。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

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意志偏重者の弱点

 投稿者:園主  投稿日:2008年10月 7日(火)16時29分44秒
  みなさま、本来なれば本日は「2008年夏・上京報告記」の第2回をお送りすべきところなのでございますが、このところ何かと忙しくしておりまして、なかなかまとまったものを書く時間が取れないでおります。そこで本日は、お書き込みをくださったお二人へのレスを書くためにも、ここのところの状況報告ということで、ご勘弁いただきたいと存じます。

まず、10月1日付けで会社の移動人事がございまして、私も新しい環境下で仕事をすることになりました。前よりは明らかに暇な部署への配置転換で、前部署の同僚にはさんざ羨ましがられたのでございますが、ただ一点、個人的には問題がございました。それは、今度の部署では車の運転が強いられるという点なのでございます。私はこれまで、普通免許は持っておりましたものの、車に関しては(教習所以来の)完全なペーパードライバーで、必要があればオートバイで済ませていたのでございます。ところが今度の部署は、暇なかわりに、これまでには求められなかった仕事がございまして、それには車の運転がぜひとも必要なのでございます。――と申しましても、完璧なペーパードライバーに、いきなり運転をしろとまでは言われないのでございますが、「できるかぎり早急に運転の練習を始めて、他の者の負担にならないようにしてもらいたい」と求められているのでございます。

ご承知のとおり、私は、新しいことを億劫がる性格ですので、この「車の運転」というのは、たぶん人が考える以上に、うとましいものなのでございます。さらには、周囲の同僚の面子が一新したことや、仕事に未経験の内容が加わったこともあってか、肉体的には楽なのですが、精神的には疲れを感じるところもあり、それでなかなか書き込みをする余裕がなかったのでございます。


――と、そんなことを書こうと思っていた矢先の昨夜、今度は急に胃が痛みだしました。家での夕食で、とくに変わったものを食べたわけではないのですが、夕食が終わるか終わらないかのうちに、胃が痛みはじめたのでございます。

私、ときどき下痢はするのでございますが、その際は下腹部に鈍痛が来ますので、トイレに行って正露丸を呑み、おおよそ30分もすれば回復という感じで、これまでは済んでおりました。ところが今回は、いつもより上の部分、つまり胃のあたりに痛みがございましたので「これはいつものではないな」と思ったのでございますが、ひとまず他に薬も無いので、正露丸を呑んで、しばらく横になっておりました。
ところが、激痛とは申せませんが、胃の痛みは暫時増していくような感じでございましたので、このままでは眠ることも適わないと、夜間ということもあって、救急診療を行っている病院へ行くことにいたしました。

私は、会社の健康診断(胃部検診)で引っ掛かって以来、ほぼ毎年胃カメラを呑んでいるのでございますが、これまでに潰瘍の痕が見つかったり、良性ポリープが見つかったりしておりますので、今回の人事異動のことも含めて、医師の問診に対しその旨を説明した上で触診を受けましたところ「食あたりではなく、ストレス性の胃炎でしょう」ということで、鎮痛剤を混ぜた点滴を受け、薬をもらって帰りました。

看護婦さんの話だと、約90分かかる点滴では、30分くらいで痛みのおさまる人もいるそうですが、私の場合は、多少痛みが和らいだものの最後まで痛みは残っておりましたので、家に帰ってから、その病院で出された整腸剤と頓服薬を呑むように言われ、「2日ほど様子を見て、痛みが退かないようなら、カメラを呑むということもありますから、掛かりつけの病院へ行って下さい」との指示を受けました。
そしてその夜は、指示どおり薬を呑んで0時すぎに就寝したのでございますが、午前2時半ごろに目が醒め小用に立ってからは、腹部の痛みに意識が残って、朝まで半覚半眠の状態ですごし、やはり痛みが充分に退かないのを確認した上で、さっそく別の大きな市民病院へ行きました。

初診ということで、受付から診察まで3時間待たされ、診察では「お薬は(前の病院のものとは)別のものを出しておきます。念のために、カメラを呑みますか?」と聞かれました。私は「胃潰瘍」を疑っておりましたから、確認のためにも「お願いします」と応えたのでございますが、その日は、さんざ待たされている間に、カメラ撮影の時間が終わっていたので、3日後の撮影ということになってしまいました。
――これが本日、午前中の話でございます。

で、私は、帰宅後、後の病院で処方された薬を呑んだ後、この文章を書いております。さきほど呑んだ薬が効いたと言うよりは、昨夜より痛みは暫時軽減しているようで、今も痛みは続いておりますが、文章が書ける程度にはなっております。
たまたま本日と明日は仕事が休みで助かったのでございますが、明後日の出勤時には腹痛の収まっていることを願うばかりでございます。


そんなわけで、私がこの報告で言いたいのは、私でも胃潰瘍になるくらいの繊細な神経はある、ということなのでございます(笑)。

人事異動にともなう新職場での気遣いは、それなりにストレスフルなものなのでございますが、私は、自分がよく知っていることに関しては自信家である半面、知らないことについては人一倍慎重な性格でございますので、その点ではストレスを感じやすいタイプなのでございますね。こういう性格だからこそ、新しいことを億劫がるのでしょうし、論争においては卒がないということにもなるのではないかと存じます。

つまり私は、ストレスは人一倍感じているにも関わらず、意識的には負けん気が強いので「これくらいのこと、どうってことはない。すぐに馴れてみせる」と考え、意志の力でストレスを抑圧するタイプなのだと申せましょう。そのため、かえって体の方が意志の力についてこれなかったのだろうと、私は今回の変調を自己分析しております。
じつは今年春にも、馴れないスポーツをしていた際に、左脹ら脛に肉離れを起して、3ヵ月ほど跛をひいておりました。そしてその時も、気持ちとしては「これしきのことで……」という感じだったのでございますが、考えてみれば、まったく鍛えてない肉体は年相応に弱っており、若い時のままの気持ちには付いてこれなかったということなのでございましょう。

まったく、書斎派の不健康な生活に耽溺しているとは言え、やはり肉体というのは、すくなくとも意志の力についてきてくれない肉体とは、なんとも面倒な存在でございます。





 さま

最近の購入本

> 携帯メールにも打ちましたように、チョッと精神的、肉体的にしんどい時期です。
> 今月下旬になれば、一段落となるので、定期的に現状報告できると思います。


ええ、お忙しい時は仕方ございませんよ。
――斯く言う私も、この体たらくではございますが(笑)。


> ということで、いつ読めるやもしれぬ、最近の購読本を列挙したいと思います。

> ・『ウロボロスの偽書』
> ・『ウロボロスの基礎論』
> ・『将棋殺人事件』
> ・『囲碁殺人事件』
> ・『トランプ殺人事件』

> ・『七つの人形の恋物語』
> ・『ハローサマー、グッドバイ』


すばらしい! 至福の時が待っているのでございますね(笑)。



> 今は『虚無への供物』に耽溺しています〜。す、すごい!!!


Keenさま共々、ご感想を心待ちにしております。
お暇になられましたら、率直なご感想をお聞かせくださいまし。



 Keenさま

Happy Birthday

> 本日は、聖(ある人々にとっては邪?)アレクセイ生誕記念日でございます。
> 園主さま、お誕生日おめでとうございます。
> これからの一年も、ますますのご活躍を!


ありがとうございます。

そう言えば、かつて、私の論争を評して「聖アレクセイ寺院の惨劇」と、小栗虫太郎の短篇をもじって評した人がございました(笑)。


> また、私が最も愛するサッカー選手であるトマシュ・ロシツキーも本日28才を迎えましたが、彼は今年1月の負傷が癒えずにユーロ2008も欠場し、現在も治療中で復帰はクリスマスとも言われています。彼のいないゲームを見るのは寂しいです。(T-T)


どんな人間も、ケガや病気には勝てません。やはり、健康あってのモノダネでございますよね。
季節の変わり目で、つかれの出やすい時期。みなさまも、健康にはくれぐれもご留意くださいまし。


> 私はというと、わが街の図書館にリクエストしていた笠井さんの『青銅の悲劇 瀕死の王』がやっと入ったので、読み始めたところです。新刊なのにずいぶん時間がかかったものですが、お役所仕事だからこんなものなのでしょうか?
> で、とりあえず宗像冬樹ウザイ。『天啓の宴』『器』の時は特に気にならなかったんですけどね〜、これは読み手の私の方の変化かもしれませんが。


なるほど。私は、いつもの宗像冬樹だと感じましたので、たしかにKeenさまの変化かも知れませんね。

ところで、知ってのとおり宗像冬樹は、笠井潔の経歴をほぼそのまま反映した、笠井潔の「分身」的な人物だと申せましょうが、作者自身による、作者の分身たる宗像冬樹の描き方が、ことさらに「カッコ良さ気」なのは、作者の問題として、当初より鼻についております。

例えば、もう一人の分身である、私立探偵飛鳥井を評して、作者笠井潔は次のように語っております。



   『自分と、自分が生きているこの時代を直接的に描いてみたい。
   そんなモチーフから、私立探偵飛鳥井をめぐる物語が構想された。
   作者と同年齢に設定せれている飛鳥井は、
   「自業自得の潔さ」において生きるという個人主義的信条においても、
   作者の現在が投影されたキャラクターといえるだろう。
                              笠井潔』

 (『道〈ジェルソミーナ〉 私立探偵飛鳥井の事件簿』初版単行本・帯文全文)



つまり、笠井潔の「現実の言動」を追っている私からいたしますと、「探偵小説研究会」だ、「本格ミステリ作家クラブ」だ、「限界小説研究会」だと、ミステリ界でも目立って「組織政治運動」の好きな笠井潔が、自ら『個人主義的信条』などと語ってみても、「『容疑者Xの献身』論争の時、『容疑者Xの献身』を高く評価した探偵小説研究会の面々への、批評家的個人主義を無視したような、あの高圧的な言いぐさは何だったの?」としか思えませんし、ましてそうした泥試合の結果、「探偵小説研究会」を出ていくしかなかったという経緯を経て、今度は「探偵小説研究会」の面々を、批評的に堕落しているかのように(今さら)言い募りはじめた笠井潔に『自業自得の潔さ』を云々する権利などないだろうというのが、私の実感なのでございます。
――つまり、「笠井潔」ならぬ「笠井(不)潔」。


で、今回の『青銅の悲劇 瀕死の王』の宗像冬樹の造形で、真っ先に引っ掛かったのが、宗像が「集団行動を好まない、文壇の一匹狼」的に描かれている点でございます。これは明らかに、笠井潔とは正反対。


しかし、「矢吹シリーズ」を読んだ人が、矢吹駆に作者を重ねてしまい、作者はきっと「個人主義者」の「一匹狼」なのであろうと誤認しがちなように、宗像冬樹の造形を見れば、そのモデルである作者笠井潔が、よもや「(敗れ去った)文壇政治屋」だとは、誰も思わないことでございましょう。

――そこで、最大の問題は、作者である笠井潔が、こうした「イメージ操作」を自覚的に行っているという、その非倫理的な臆面の無さ(厚顔無恥)にあるのでございますね。

つまり、宗像冬樹には「本格推理研究会」だとか「本格推理作家クラブ」だとか「ジャンルX研究会」などの立ち上げを行う人物(文壇政治家)であって欲しかった。そうすれば笠井潔は、少なくとも「正直者」だとは言えたでしょう。
しかしながら、そういうこと(=現実)を書かない(隠蔽する)ことで、笠井潔の小説の「もっともらしさ」が成立しているという事実を、私たちは直視しなければなりません。笠井潔の現実を直視した場合、笠井潔の「自己投影めかしたヒーロー物」は、成立不能になってしまうのでございます。


> あ、本の分厚さの割に軽いので驚きました。紙質のせいか、はたまた内容の(以下自粛)


たしかに、あれは資質のせいでございましょう。
内容については、不必要に「重たい(胃もたれする)」内容だと評しうるのではないでしょうか?(笑)

読了すれば、ご感想をお聞かせくださいまし。



ちなみに、矢吹駆シリーズ0号作とも言える『熾天使の夏』が、創元推理文庫入りいたしました。
この文庫本には、単行本時の著者による「あとがき」と、竹田青嗣による「講談社文庫版解説」も収められておりますが、今回の解説者は、あの小森健太朗。

小森健太朗と言えば、「探偵小説研究会」の中心メンバーの一人でありながら、その「こうもり男」的な性格が、同会機関誌『CRUTICA』第3号誌上で、千街晶之によって厳しく指弾されておりますが、ともあれ、あっちにもこっちにも引っついてみせる小森健太朗は、「探偵小説研究会」の中では蔓葉信博と2人だけ「限界小説研究会」にも所属しており、今も「笠井潔の忠実な子分」でありつづけている人物でございます。


昨年だかに刊行された、カッパノベルス版『オイディプス症候群』の解説が、「限界小説研究会」のメンバーであった際にも指摘いたしましたが、近年の笠井潔の本の解説者名を見ますと、笠井の「その時々の、めぼしい取り巻き」が誰であるかがハッキリする、という面白さがございます。


なお、宗像冬樹の登場する「矢吹駆シリーズ・日本篇」で、もしも「本格推理研究会」なんかをやったりいたしますと、きっと「天啓シリーズ」で竹本健治を軽んじて天童某を描いたように、宗像冬樹を裏切った、堕落したミステリ評論家の万町秋之だとか、筋をとおした才能ある評論家であり作家でもある大森賢太郎なんてのが、登場するのでございましょうね。――ま、そっちの方が、かえって面白いかも知れませんが(笑)。


> 読み終えたら、また感想を書きますね。最近読んだ中では、京極夏彦の最新短編集『幽談』がよかったです。京極さん、現代ものも書けるんじゃん(笑)。うまい人の小説は、時代設定が変わってもやっぱりいいですね〜。(^-^)


私、このところの落ちつかなさに紛れて、読書の方もままならない状態でございます。
せっかく読みはじめた、舞城王太郎の新刊『ディスコ探偵水曜日』(新潮社)も、上巻を50ページほど読んでから、心ならずも巻を置いたままでございます(T_T)。

長い本を読める状況ではございませんが、「花園」はいつもどおり随時確認しておりますので、また本を読まれましたら、ご感想をお聞かせくださいまし。m(_ _)m



 ホランド

ちまきingの『ぱきすタン』を推す!

> って、トラブルシューターとして(※ 「島崎博さんをお迎えする会」に)参加したこと、忘れていませんか?(-_-;)


忘れてはいないが、トラブルが起こらないことには、トラブルシューターの仕事も無いわけだからなあー(笑)。





それでは、みなさま、本日はこのあたりで失礼いたします。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm

 

Happy Birthday

 投稿者:Keen(誕生日担当)  投稿日:2008年10月 4日(土)16時40分36秒
  本日は、聖(ある人々にとっては邪?)アレクセイ生誕記念日でございます。
園主さま、お誕生日おめでとうございます。
これからの一年も、ますますのご活躍を!

また、私が最も愛するサッカー選手であるトマシュ・ロシツキーも本日28才を迎えましたが、彼は今年1月の負傷が癒えずにユーロ2008も欠場し、現在も治療中で復帰はクリスマスとも言われています。彼のいないゲームを見るのは寂しいです。(T-T)


淳さん、竹本健治三昧の予感ですね〜。今は『虚無』をお楽しみ中のようで、読み終わったらまた感想は感想をきかせて下さいね。(^-^)
私はというと、わが街の図書館にリクエストしていた笠井さんの『青銅の悲劇 瀕死の王』がやっと入ったので、読み始めたところです。新刊なのにずいぶん時間がかかったものですが、お役所仕事だからこんなものなのでしょうか?
で、とりあえず宗像冬樹ウザイ。『天啓の宴』『器』の時は特に気にならなかったんですけどね〜、これは読み手の私の方の変化かもしれませんが。
あ、本の分厚さの割に軽いので驚きました。紙質のせいか、はたまた内容の(以下自粛)

読み終えたら、また感想を書きますね。最近読んだ中では、京極夏彦の最新短編集『幽談』がよかったです。京極さん、現代ものも書けるんじゃん(笑)。うまい人の小説は、時代設定が変わってもやっぱりいいですね〜。(^-^)

ではまた。
 

最近の購入本

 投稿者:  投稿日:2008年10月 4日(土)05時45分37秒
  ★アリョーシャ

携帯メールにも打ちましたように、チョッと精神的、肉体的にしんどい時期です。
今月下旬になれば、一段落となるので、定期的に現状報告できると思います。

ということで、いつ読めるやもしれぬ、最近の購読本を列挙したいと思います。

・『ウロボロスの偽書』
・『ウロボロスの基礎論』
・『将棋殺人事件』
・『囲碁殺人事件』
・『トランプ殺人事件』

・『 七つの人形の恋物語』
・『 ハローサマー、グッドバイ 』

今は『虚無への供物』に耽溺しています〜。す、すごい!!!
 

ちまきingの『ぱきすタン』を推す!

 投稿者:ホランド  投稿日:2008年 9月27日(土)22時46分15秒
   みなさん、こんばんは! すっかり秋めいてきた今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?

 今日ご紹介するのは、3年前に園主さまが紹介した、ちまきingさんの萌え国際政治マンガ『あふがにすタン』の続編にあたる『ぱきすタン』(三才ブックス)です。『あふがにすタン』では、脇役の一人であった「ぱきすタン」の、波乱の人生を描いています。

 まずは、このマンガの概要をを知っていただくために、3年前の園主さまによる『あふがにすタン』紹介を引用しておきましょう。



『ちまきing という名前の著者による『あふがにすタン』(三才ブックス)は、アメリカの空爆で注目され、今また忘れ去られようとしているアフガニスタンの現代史を、可愛いマンガと平易な文章で紹介した本でございます。
本書の特徴は、その「わかりやすさ」への徹底ぶりであり、そうした点での「非凡さ」で、私が本書を購入した理由も、アフガンの歴史の勉強であるよりは、むしろ一種の「奇書」を入手するため、という感じが強うございました。

本書は、 帯に『アフガニスタンが、もし一人の少女だったら。』『胸にこみあげる、やさしさとせつなさと萌えと世界が邂逅する歴史大河ロマン』とありますとおり、アフガンをはじめとした関連各国を「萌え」系の可愛いキャラクターに擬人化し、その関係・歴史を四コマ漫画化して、そのマンガに歴史解説を加えたものでございます。
例えば、「キャラクター紹介」のページでは、主人公「あふがにすタン」を、次のように紹介しております。


『 農作業をしながら一人暮らしをしている女の子です。「あふ…」が口ぐせ。ちゃんと喋れるのですが、口数はあまり多くありません。
 いじめられっ子ですが、芯は強く、決して挫けません。薄幸で、やることなすことが裏目に出てしまいます。背が低いので、物を運ぶ時に引きずるクセがあります。そのためか、よく転びます。』


登場人物として、ぱきすタン、うずべきすタン、たじきすタン、きるぎすタン、とるくめにすタン、かざふすタン等ほかに、当然のことながら、めりけん、ひのもと、ぶりてん、ろしあんなどの「お姉さん」たちも登場いたします。

本書は、各国が「可愛い女の子キャラ」として擬人化され、「楽しく読めるマンガ」となっておりますから、最後の「平和への努力」の章では、いちおうマンガの締めくくりにふさわしい、救いのある場面が描かれております。しかし、作者は、その直後の「あとがき」にあたる部分に『国家に真の友人はいない』という厳しい言葉を掲げた上で、『悲しい世の中だけれど、彼女たちが、このまま真の友人関係を築いていけることを切に願う。あふがにすタンに幸あれ――』とコメントしております。
――これは、このマンガが、現実の国家関係を擬人化したものであるという事実において、自身の創作した虚構のキャラクターたちのハッピーエンドを確信できない作者の悲しみを、正直に伝えたものだと申せしょう。作者のこの「痛み」は、現実にたいする痛みに、決して劣らないものなのではないかと、私は感じました。

ともあれ、これも、ぜひ実物を手にとって、お確かめ下さいまし。』

                (http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/407


 前回の主人公「あふがにすタン」は、ほとんどヤラレっぱなしの薄幸キャラでしたが、今回の主人公「ぱきすタン」は、負けん気の強い女の子で、核武装もしています(^-^;)。

 ただ、そうは言ってもこの物語の場合、実質的には、ムガールパパ(インド・ムガール帝国)の三人娘、長女いんど、次女ぱきすタン、三女ばんぐら(バングラデシュ)のたどる、数奇な運命を描いた作品だと言えるでしょう。


 緩やかな多宗教国家であったインド・ムガール帝国は、イギリスの搾取的な植民地支配を受け、やがてその叛乱を怖れたイギリスによって、宗教間の対立を煽る分割統治政策により分断されてしまいます。そして、その後の紆余曲折を経て、それぞれがイギリスからの独立を果たし、現在のインド、パキスタン、バングラデシュという、互いに強い敵対意識を持つ、3つの独立国家が誕生します。

 イギリスが没落した後も、アメリカ、ソ連(ロシア)、中国といった大国の国際政治に翻弄され続けた、インド、パキスタン、バングラデシュの歴史を、「国」を擬人化した萌えキャラによって巧みに表現して、可愛く楽しい表現のなかにも、国際政治の悲劇を描いて、著者のヒューマニズムあふれる「平和のへの願い」を切実に伝える作品となっています。

 前作『あふがにすタン』の「あとがき」に『国家に真の友人はいない』という重い言葉を書きつけていた作者ですが、今回の『ぱきすタン』でも、冒頭に掲げられた、


   かっての隣人が隣国となった。
   まもなく隣国は敵国となった。
   戦いに明け暮れる日々の中で
   人々は清浄なる大地(ルビ:パキスタン)に栄えあれと祈り続けた。


という言葉や、末尾の、


       たとえそれが
   誤解や偏見から生じたものでも
   積もり積もった互いへの不信感は
       悲しいことに
  簡単に払拭できるものではありません。

   手を取り合い、その困難に打ち勝ち、
       彼女たちが心から
    笑って暮らせる日がくる事を
       切に願います。


という言葉からは、そんな現実への作者の悲しみがひしひしと伝わってきますし、この作品を通読した読者は、きっとその思いを実感的に共有することができるでしょう。

 もちろん、作者自身が注記しているように、このマンガだけで、複雑で悲惨な国際政治の現実を理解した気になるわけにはいきませんが、それでもボク自身を含めて「なんだか揉めているらしい、あっちのほう」といった程度の認識しか持たない(他人事のように考えている)であろう多くの日本人にとっては、本書は、縁遠く感じられる異国の歴史に、身近な「人間的な興味」を抱くための切っ掛けを、きっと与えてくれるでしょう。

 国際政治の専門家にまで読んでくれとは言いません。ただ、インド、パキスタン、バングラデシュの歴史をしらない、その位置関係すら定かではないといった方には、是非にとお勧めしたい。
 面白くて、感動的で、勉強にもなる、この傑作であり労作を、多くの人に、是非にと強くお薦めしたいと思います。





 さま

父性願望

>  ガチガチのフェミニストからすると疑義を唱えられそうですけど、僕には、知の圧倒的存在としての父性願望があるんですね。僕の中に存在する「両性愛的な希求」は、男性に対しては父性に対して、強固として関わっているんです。実際、アリョーシャは、僕の父の世代ではないのけど、やっぱり僕の理想として求める「父性性」を兼ね備えているわけです。もしかしたら、アリョーシャにとって、それは大西巨人なのではないでしょうか。
> だから今回、アリョーシャと実際に会えるのは、僕にとって本当に貴重な時間となるでしょう。


僕の感情表現が、ハ行で全て事足りる哀しさよ。

> アリョーシャは32歳の男、淳を会った瞬間、泣かせる(美中年の)男でした。

> まあ、兎に角アリョーシャは「速い」し「早い」男です。

> また、アリョーシャの御友達という異なる「ファクターの眼」が登場することで、アリョーシャという「謎めいた男」を多角的に観ることができたのは大きな収穫でした


ありがとうございます

> アリョーシャの返答といったら、只管あくびの連発ですの。
> 全く、生理現象とはいえ、残酷なほど誠実な反応でしたわ。


といったご感想・ご報告でしたが、園主さまの実物と会ってみて、イメージどおりだったところ、イメージとは違っていたところなどを、それぞれ具体的にお聞かせいただけると、面白いんじゃないかと思います。

 『(美中年の)』というカッコ書きの注記は、淳さんの正直さを反映したものだと、園主さまの実物を知っているボクには、そう感じられました(笑)。



 Keenさま

お祝い

> 今日(※ 9月17日)は、竹本健治と故・中井英夫の誕生日です。
> Happy Birthday×2!


 『匣の中の失楽』は、今年が刊行30周年ということですから、21、22歳で『匣の中の失楽』を刊行した、早熟の天才竹本健治も、50歳を超えたということなんですよねー(正確なところを調べないで書いていますが/^-^;)。


 園主さま(命日担当)によると、来年の12月10日が中井さんの十七回忌とか。
 だとすると、その次は三十三回忌ということで、17年後ということになって、園主さまも60代になっているし、竹本さんも70歳を目前にひかえたお爺さん(!)になっているということになります。いや、おおよそ、中井さんが亡くなった年齢になっちゃうんじゃないかな!?
 中井さん、生きていたら今年85歳だとか。う〜ん・・・(こないだ園主さまがお会いした村上昂画伯が、中井さんと同年。瀬戸内寂聴も、だそうです)。

 ――じゃあ、ボクはその頃、いったい何歳になってるんだ!?


久々にキリ番

> 今投稿したら、カウンターがちょうど「343000」になりました。
> もはや何回目かはわかりませんが、久しぶりですねー♪(^0^*

 いつも、ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね。


 そう言えば、竹本さんが、続編を「今世紀中(21世紀中)には書くと思うよ」なんて言って、長らくファンをけむに巻いてきた、異色の傑作長編『闇に用いる力学』(赤気篇)の続編「黄禍篇」が、いよいよ『ジャーロ』誌で始まりましたね。こちらも先日連載の始まったばかりの『ツグミはツグミの森』と、並行しての長編連載。――ということは、「キララシリーズ」と「牧場智久の雑役シリーズ」の方は、当分はお休みということのようですね。
 Keenさまは、この2つの新連載も、雑誌上でお読みになるんでしょうか?

 園主さまが上京してスタジオシエスタに行った時には、『幻影城の時代 完全版』に収録される『匣の中の失楽』のサイドストーリー短篇が、ちょうど完成してたみたいです。園主さまは、タイトルも聞いてこなかったみたいですけど・・・(^-^;)。

 あっ、それから、笠井さんの『青銅の悲劇 瀕死の王』は、もう読まれましたか?



 日本人さま

反論

(無題)

なでしこ隊観た?


 園主さまの、貴方へのレスを要約すると「日本人ならば、恥を知るべきだ」ということです。
 ――ご理解いただけましたでしょうか?



 園主さま

批評家、その理想と現実 ――探偵小説研究会『CRUTICA』の場合(上)


 園主さまの書かれていたことの他に、「これはひどいな」と思ったのが、市川尚吾の論文「本格ミステリの軒下で」です。

 前半は、まあまあ参考になる「新本格のまとめ」だなあと思って読んでいたんですが、後半が「古い本格マニア」丸出しの、いかにも権威主義的な言いぐさで、心底辟易させられました。

 要は「本格ミステリを名乗って出てくるからには、本格の歴史を学んでいただきたい。そのためには、ミステリ一般についてのご意見板・佐野洋の『推理日記』にあたるようなものが本格についても必要であり、そういう煩がられるくらいの小言爺さん的な批評家が必要である」というような意見。――そう思うんだったら、自分自身が、さっさとそういう評論家になっておくべきですよね。

 それにしても、「『容疑者Xの献身』論争」における笠井潔の言い分を「イデオロギーの押しつけ」と批判しておきながら、結局は自分自身が同じことをやっていることにまったく気づかない、この鈍感さは何なんでしょうか・・・。

 それに、上のように笠井潔を批判しながら、しかし『容疑者Xの献身』を批判したのは、笠井潔・野崎六助・島田荘司といった「全共闘世代」であり、彼らの批判のポイントは「弱者への共感能力」であったという点を強調して「フォロー」する、その粗雑な「世代論」は、やっぱりこの批評家の「器」と「小狡さ」をよく表わしていると思いました。


批評家、その理想と現実 ――探偵小説研究会『CRUTICA』の場合(下)

> 映画『ダークナイト』について

> ただ、私としては、ジョーカーは、言われているほど「無敵」だとは思わない。
ジョーカーの「憎悪」に由来する「狂気」は、あらゆる「倫理的拘束」からの自由を保証しており、それ故に「倫理に縛られて不自由なバットマン」より有利だ――というのは事実だとしても、ジョーカーにはまだ「憎悪」という「人間的感情」が残っている。そこが、「人間を超え出たものの象徴」としての「白鯨」とは、決定的に違うところだ。

>「憎悪」というのは「愛情」の裏返しだ。「愛したい・愛されたい」という強い気持ちがあればこそ、それがかなえられない時に、その「愛情」が「憎悪」へと反転する。――ジョーカーの「憎悪」というのは、まさにそれだ。

> だからこそ、ジョーカーは人の「愛情」や「信義」を嘲笑い、泥に塗れさせることによって、自分が憎まれ怖れられ嫌われることを欲望する。――これは、結局のところ、「愛されない」ことへの代償行為でしかないんだな。
> だとすれば、ジョーカーは「愛される」ことによって、自分の中に抑圧している「愛されたい」という気持ちに気づく可能性もあるだろう。その時、ジョーカーは「愛し・愛される」人間であるための「弱さ=強さ」を引き受けることになるんだ。その可能性が残されているんだよ。だから、ジョーカーは決して「無敵」ではないんだ。


 なるほど、続編の展開にもかかわる重要なポイントですね。
 ますます次作が楽しみになりました!


> 何か実質をもとなう役目を持ちたいと思い、自分で「トラブル処理係」つまり、「島崎博さんをお迎えする会」のトラブルシューターに就くことに決めた。そしたら「貴方は、トラブルシューターじゃなくて、トラブルメーカーでしょう」と言われそうだが、これはまだ言われてはいないので、その線でスタッフとして頑張りたいと思う。


という上京前のお話でしたが、

2008年夏・上京報告記(第1回 後編)

> そのあとは、紹介されて、元「怪の会」の森下祐行氏と初対面。
> 昨年の10月から11月にかけて「新本格バッシング論争」を戦った論敵でございます。

> もちろん、二次会の会場内でのやりとりですので、声を荒げることはございませんでしたが、私の方は終始、責めの口調でございましたから、近くにいた人は、なにやら揉めているようだと、ちょっと退いた様子ではございました。


とか、


> というわけで、こちらはその名を知らずとも、相手は「アレクセイの花園」の「田中幸一」を知っていたというこの事実は、私の「潜在的な知名度の高さ」を示すものだと申せましょう。
素面では、私に声をかけることなどできない人でも、このオジサンのように、酔っぱらえば、私を呼び捨てにできるような方も潜在的にいる、というわけでございます(笑)。

> しかしながら、せっかく面識を得たのでございますから、あの男性が本当に小説家なのであれば、この機会に1冊くらいはご著書を読んでみたいものでございます。そうすれば、あの方を理解する多少の足し前にはなるのではないかと思うからでございます。

> ともあれ、ご本人はもとより、あの場にいらした方で、あの方がどこのどなたなのかを正確にご存じの方は、是非この「アレクセイの花園」までご一報いただければと存じます。
今回は、曖昧な情報をもとに名指しして、万が一にも人違いであってはいけないと、名前を伏せさせていただきましたが、お名前の判明した暁には、きちんとご挨拶もさせていただきますし、必要なご挨拶もいただきたいと存じますので(笑)。


って、トラブルシューターとして参加したこと、忘れていませんか?(-_-;)





 ではでは、みなさん、おやすみなさい(ハート)。
 

2008年夏・上京報告記(第1回 後編)

 投稿者:園主  投稿日:2008年 9月24日(水)17時42分59秒
 

「島崎博さんをお迎えする会」は、午後1時から午後4時までの3時間にわたって行われ、盛況のなか無事閉幕することができました。
二次会は、場所を近くの中華料理店に移して行われましたが、60人の予定で借りていた会場に80人強が入ったため、二次会の会場はたいへん込み合っておりました。なお、二次会には「お迎えする会」には参加しなかった方もかなり参加しておられました。

二次会の方で特に記憶に残ることと言えば、まずは泡坂妻夫さんが私のいたテーブルの方にも回ってこられ、目の前で手品を見せて下さった、ことでございましょう。
泡坂さんはもともと好々爺然とした雰囲気のある方でございますが、お年をめされて、まさに好々爺の飄々とした雰囲気。あの亜愛一郎の作者らしいとも言えるし、らしくないとも言えるような「お爺さん」になっておられましたが、手品のテクニックの方はさすがなもので、鮮やかな手さばき指さばきで皆を大いに楽しませて下さいました。

そのあとは、紹介されて、元「怪の会」の森下祐行氏と初対面。
昨年の10月から11月にかけて「新本格バッシング論争」を戦った論敵でございます。

・ 新本格バッシング論争・まとめページ
  (http://8010.teacup.com/aleksey/bbs?BD=6&CH=5&M=ORM&CID=1698

二人を引き合わせた紹介者は、上記のいきさつを知っていたにも関わらず、よもやこの場で喧嘩などしないだろうと思ったのか、後で聞いたところ、森下さんが「田中幸一さんって、どの人ですか?」と尋ねたのを、止せばいいのに「せっかくですから、ご紹介しましょう」といって私に引き合わせ、自分はさっさと立ち去ってしまったのでございます。

で、もちろん私は、その昔「怪の会」に入っていた頃から、同サークルの会誌である『地下室』の常連投稿家であった森下さんのお名前は存じ上げておりましたが、なまじ昔から知っている名前だけに、一年前に論争した相手が森下さんであったかどうか、あまり自信がなかったので「はじめまして。ところでこの前、新本格バッシングのことで、ネットで論争をしたのは、貴方でしたっけ?」という若干とぼけた確認から始まり、そうですという返事を得た後は、早速「あんないい加減な言い訳や誤魔化しをしてちゃダメですよ」という批判に移行いたしました。――以下は、その時のやりとりの再現。



私 「あんないい加減な言い訳や誤魔化しをしてちゃダメですよ」

森下「私は誤魔化したつもりはありませんけど」

私 「だって、かつて『地下室』でなされた新本格バッシングのやり口は、あまりに下品だとは思いませんか」

森下「いいえ」

私  「じゃあ、ここには、あなた方に違法建築作家よばわりされた綾辻さんもいらしているから、なんなら怪の会の森下さんだってご紹介しましょうか?」

森下「別に構いませんよ。私は、新本格を評価していないというのを隠しているわけではありませんから、べつに困りはしません」

私 「なるほどね。でも、例えばここには芦辺拓さんもいますが、あの『地下室』に書かれた〈道に人が倒れていたら普通は助けるけれど、芦辺が倒れていたら、踏んづけ蹴飛ばして通るだけだ〉みたいな、ああいうの(※ 根拠提示のない、嘲笑的罵倒)を、貴方はそれで良いと認めるんですか」

森下「私は、その時の合評会に参加はしていませんが、まあ、あの場所にいたら同意してたでしょうね」

私 「じゃあ同罪でしょう。批判するのはかまわない。読者ならその権利はあるわけですから。でも、ああいうのは、あまりにも下劣だと思いませんか?」

森下「私の基本的な考え方としては、あちらはそれで飯を喰っているプロであり、こちらはあくまでもアマチュアですから、その立場の違いによって、ああいうのもありだと考えます」

私 「プロだろうがアマチュアだろうが、意見を公にするからには、その責任の重さは同じであり、その意味で対等でしょう?」

森下「会誌上やブログ上でも、公の意見発表だということですか?」

私 「私はそう考えますね。そう思うからこそ、議論するとなれば、相手がプロであろうと何であろうと、対等にフェアにやり合うと、そう公言するんですよ」

森下「それはまあ、田中さんのお考えではあると思いますが、私は違います」

私 「でも、アマチュアである私とのやりとりでだって、途中で文体模写ですか? いきなりそんなおちゃらけたことをはじめて、ああいうの、論敵に対して失礼だとは思いませんか?」

森下「まあ、あれは私の手法であり、どういうやり方を採るかは自由であるはずです。対応の仕方を強制される謂れはないはずですよ」

私 「それはもちろん自由でしょう。もともと私には、何を強制する権限もありませんから、なんでも自由にやってもらったらいいんです。ただ問題は、ご自分がそういうことをしてて恥じるところはないのかという、主体性の問題ですからね。あっ、そうそう、それからあの座談会(※〈五賞を斬る!〉座談会)は、途中から匿名になったんですよね。ああいう、匿名で言いたい放題言って逃げを打つというのを、卑怯だとは思わないんですか? 私が思うに、ああいうのが今の「2ちゃんねる」につながっているんだと思いますよ」

森下「「2ちゃんねる」はお嫌いですか?」

私 「嫌いですね」

森下「私も以前は嫌いだったんですが、最近はああいうのもあっていいのかなと思うようになりました」

私 「そりゃあ、私だって、ああいう場所があってもいいとは思いますよ。どんな人間にだって居場所は必要でしょうからね。しかし、そういう居場所の存在を認めるということと、そこにいる人たちの態度を認めることとは、ぜんぜん別問題でしょう? 私は、匿名でしか偉そうに物を言えないような卑怯者を認める気なんか、ぜんぜんないですね。それに2ちゃんねるでだって、固定ハンドルで書いて(発言責任の所在を明記して)いる人はいるわけでしょう。――まあ、自由だと言われればそれまでですから、また機会があれば、記録の残る形でネット上ででも議論しましょう。貴方が認めようと認めまいと、どちらが正しいかは、読者が判断するでしょう」

森下「ええ、だからうちの方でも記録はそのまま残してありますから」

私 「そう言えば、ネットでは否応なく両者の記録が残りますが、会誌ではあなた方のやりたい放題でしたよね。私がいくら批判の投稿をしても、あなた方はぜんぜん採用しないで、自分たちの原稿ばかり載せていた」

森下「何を採用するかは、編集サイドの権限の範疇です。それに田中さんの投稿は、私達を批判するものであり、ファン同士の親睦を目的とした会の方針には反するものだから採用しなかったんです」

私 「しかし、あなた方の新本格バッシングに対する反論は、同じ会員の意見として、当然尊重すべきであり、自分たちとは違う意見だから載せないということは出来ない。それなのに、ネット時代以前のことで、投稿を没にしたところで、それがどこにもバレないのをいいことに、不公平な没を連発して恥じなかったからこそ、私はそこでそのこと自体を批判する、メタレベルの批判に移らざるを得なかっただけじゃないですか。そもそも、こないだのネットでの議論の時でも、貴方が、当時の会則に準じて私の原稿を没にしたと主張するから、それではその会則とやらをここに見せて下さいと要求すると、貴方は言を左右にして、決してそれを見せようとはしなかった」

森下「それは過去の、サークル内での問題ですから、その会則をネット上に公開することは筋違いだと考えたからです」

私 「やましいところがなければ、べつに会則を公に示しても、なんら問題はないでしょう。そんなだから、貴方の態度は誤魔化しばかりで、誠意がないと言うんですよ」


――とまあ、おおむねこのようなやりとりをいたしました。

この会話の合間に、森下さんがご自分の後ろに立っていた男性を紹介して「あの時、一度だけ書き込みをした足立(雅弘)さんです」と言ったので、私はそんなやつがいたなと思い出して「それはどうも。でも、人の議論に口を挟むんだったら、最後まで責任を持って下さい。それが出来ないんだったら、初めから口を挟むべきではないですね」とカマシ、足立さんは黙ったままでしたので、私はそのまま森下さんへの批判を続けたというような、短い「間奏」もございました。

もちろん、二次会の会場内でのやりとりですので、声を荒げることはございませんでしたが、私の方は終始、責めの口調でございましたから、近くにいた人は、なにやら揉めているようだと、ちょっと退いた様子ではございました。

しかしながら、いずれにしろ、お互いに記録の残らないその場で、個人的に、ネット上のでのやりとりを繰り返してみても、何の意味はございませんし、そもそも私自身、細かいところの記憶が曖昧で、事実を示して徹底的に批判するという訳にもいきませんでしたので、このやりとりは10分そこそこで終わり、私としては「恥を知らない人間を、直接個人的に責めても、何の効果もない」というのを、あらためて確認させられただけでございました。

――なお、このやりとりは、あくまでも私個人の記憶に基づく再現ですので、森下さんの側から見れば、そうではなかったという部分も、おのずと多少はございましょう。ですから、そういう点があれば、ぜひご指摘願いたいと存じますし、そこから新たな議論も展開できようかと存じます。
無論、とくに異論のない場合は、私のこの報告が、そこでの会話の内容をおおむね正確に再現したものであったということになろうかと存じます。

さて、この二次会では名札はつけておりませんでしたので、この何やら恐そうな人が誰なのかは、多くの人には伝わらなかったでしょうが、その後にもうひとつ、ご紹介に値するエピソードがございました。


二次会が終了して、会場である中華料理店から出た参加者たちは、全員が会場から出きるまでの間、店の前の道路に何となくたむろしていたのでございますが、私はその中に、それまで声をかける機会のなかった千街晶之さんを見つけ、次のように声をかけました。
「千街さん、千街さん! どうもご無沙汰しております。『CRUTICA』第3号、読みましたよ。あれで読めたのは、千街さんのと小森健太朗の言い訳文だけでしたね。いやあ、それにしても小森健太朗はホントにバカですね。あんな言い訳なんか書かない方が良かったにのに。「花園」の方に、感想(http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/1963)をアップしておきましたから、ぜひ読んで下さいね」と千街さんに対して一方的に捲し立てますと、千街さんは「花園?」とピンと来ない様子だったので、私は「アレクセイの花園ですよ、私の掲示板の」と説明をいたしました。
――するとその時、思い掛けない方向から「おまえが田中かあー!」という、かん高い素頓狂な声が上がりました。いきなり呼び捨てにするとは何者かと、ムッとしてそちらを見たところ、そこに立っていたのは、年齢40台後半、短髪で色黒の丸顔、身長体重は160センチの80キロ位、Tシャツにジーパンのベルトをギュッとしめて、ショルダーバックを提げた、見知らぬ男性でございました。
私がその男性に「どちらさんでしたっけ?」と尋ねますと、その男性は「おまえが、田中幸一かあー」と、酔っぱらっているのか、非常にご機嫌な様子で私を呼び捨てにするばかりでしたので、私はしかたなく近くのいた人に「この人、誰です?」と尋ねると「小説家の」何とかさんだと教えてくれましたが、私はどこかで聞き覚えのある名前だと思いはしたものの、いずれにしろよく知らない作家名でございました。

面識のない相手からの、いきなりの呼び捨てにはさすがにムッときましたが、酔っ払いをあいてに喧嘩をするわけにもいきませんので「酔っていますね。いかにも私は田中幸一ですけど、貴方はどなたなんです?」と重ねて尋ねると「俺はどうでもいいんだよ。おまえだって酔ってるだろ!?」とおっしゃるので、これはもう話にならないと思い「私が酔っているかどうかは別にして、貴方だって、ただの酔っ払いのオヤジじゃないですか。もういいですよ」と、その場から移動しはじめた二次会参加者とともに、私はその男性から離れたのでございます。

というわけで、こちらはその名を知らずとも、相手は「アレクセイの花園」の「田中幸一」を知っていたというこの事実は、私の「潜在的な知名度の高さ」を示すものだと申せましょう。
素面では、私に声をかけることなどできない人でも、このオジサンのように、酔っぱらえば、私を呼び捨てにできるような方も潜在的にいる、というわけでございます(笑)。

しかしながら、せっかく面識を得たのでございますから、あの男性が本当に小説家なのであれば、この機会に1冊くらいはご著書を読んでみたいものでございます。そうすれば、あの方を理解する多少の足し前にはなるのではないかと思うからでございます。

ともあれ、ご本人はもとより、あの場にいらした方で、あの方がどこのどなたなのかを正確にご存じの方は、是非この「アレクセイの花園」までご一報いただければと存じます。
今回は、曖昧な情報をもとに名指しして、万が一にも人違いであってはいけないと、名前を伏せさせていただきましたが、お名前の判明した暁には、きちんとご挨拶もさせていただきますし、必要なご挨拶もいただきたいと存じますので(笑)。


さて、そんなわけで個人的には「危険人物アレクセイ」の片鱗を覗かせもいたしましたが、二次会も全体としてはつつがなく終了いたしました。かなりの方がそのまま三次会へと流れたようでございますが、私は友人とともに、宿泊させてもらっている友人宅への帰途につきました。いささか疲れた一日で、帰りの電車では、友人も私もウトウトしてしまいました。


さて、こんな調子で、まだ6泊7日のうちの2日分しか書けませんでしたが、いったんはここで切らせていただきたいと存じます。3日目以降の活躍にも、どうぞご期待くださいまし。





(「2008年夏・上京報告記(第2回)」につづく)

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2008年夏・上京報告記(第1回 前編)

 投稿者:園主  投稿日:2008年 9月24日(水)17時39分21秒
  みなさま、お待たせいたしました。過日の東京日程について、ご報告させたいただきます。

毎年、夏休みとして、おおむね8月中に3泊4日ほどの日程で上京をし、友人宅をめぐり歩いているのでございますが、今年は、9月13日の「島崎博さんをお迎えする会」とそれに併せて開催される「幻影城の時代展」の初日である9月16日に合わせて、休暇の日程を調整した結果、最大9月12日から18日までの、6泊7日の上京日程を実現いたしました。
すでにご報告しておりますとおり、「島崎博さんをお迎えする会」は、同人誌『幻影城の時代』の製作スタッフからなる「『幻影城の時代』の会」が企画したものしたものであり、私はその同人誌の執筆者の一人として、「お迎えする会」にお招きをいただいたのでございます。

島崎博が編集した伝説のミステリ専門誌『幻影城』の功績をたたえるものとして製作された同人誌『幻影城の時代』は、多くのミステリファンだけではなく、プロの作家・評論家からも無償の協力をえた結果、同人誌としては破格の注目を集めるものとなり、島崎博再評価の切っ掛けともなれば、その原点ともなりました。
そうした経緯の後、満を持して企画されたのが「島崎博さんをお迎える会」だったのでございますが、この会合も前記「『幻影城の時代』の会」によるアマチュア主導のものであり、いったいどの程度の参加者が見込めるものなのかは主催者にも読み切れないところがあって、とにかく参加者がすくないと、台湾からわざわざご足労願う主賓の島崎さんに申し訳ないという事情があったため、私も頭数として参加することにしたのでございます。

しかしその後、『幻影城の時代』の会スタッフの熱心な働きかけもあり、島崎さんへの「本格ミステリ大賞・特別賞」の授賞が決定し、その授賞式が「島崎博さんをお迎えする会」においてなされることが決まったことで、「お迎えする会」は、にわかに華やかな話題性を持つこととなり、「ミステリ・チャンネル」のテレビ取材も決まって、事務局のメンバーも、これで何とかなりそうだと一安心した、という次第でございました。

さて、そんなわけで、『幻影城』の同時代読者ではなく、特に島崎ファンというわけでもなかった私といたしましては、正直なところ「島崎博さんをお迎えする会」よりも「幻影城の時代展」の方にこそ興味がございました。もちろん、小説家のみなさんに興味が無いということではなく、これまでに会いたい作家にはすべて会い、もらうべきサインはすべていただいておりますので(笑)、もうこれ以上あえて会いたいミステリ作家はいない、というような感じだったのでございます。
その点、「幻影城の時代展」の方は、純粋に「作品」を見に行くわけでございますし、他所では見ることのできない「原画」を見ることができます。まして、その中には、私が以前から好きだった村上昂(村上芳正)の原画もあるというのですから、これだけは何としても見に行かねばならないし、買える値段のものがあれば、ぜひ手に入れたいという野望も、じつは持っていたのでございます。――ですが、結果としては、原画は非売品ということでございました。残念無念。

話が少々先走ってしまいましたが、――そんなわけで言葉は悪いかもしれませんが、私としては「島崎博さんをお迎えする会」の方には、しごく気楽な気持ちで参加するつもりでしたので、「お迎えする会」事務局(=『幻影城の時代』の会メンバー)の方から「受付を手伝っていただけないでしょうか」というお話があった時には、躊躇なくお易い御用ですと引き受けもしたのでございます。

そんなわけで、「お迎えする会」の当日は、会の開始1時間半前に、会場である早稲田の学士会館に入って、参加者に配布するお土産の準備をいたしました。――この会合のために(『島崎博来日記念』として)特別編集された『幻影城の時代 増刊 編集長断想集成』(探偵小説専門誌「幻影城」編集後記完全収録+島崎博書き下しエッセイ「ありがとうございます」)と、『幻影城の時代』ポストカードセット、お迎えする会式次第、参加者リスト、会費領収証を、「幻影城の時代」の封筒に入れる作業に従事したのでございます(ちなみに、『幻影城の時代 増刊 編集長断想集成』は、500部を作成したあまり分が、一部古書店などで定価1000円で一般販売されますので、ご興味のある方は関係者にお問い合わせ下さい)。

さて、そんな準備作業をしておりますと、あっという間に時間は過ぎて、開会1時間前くらいからは参加者のみなさんも五月雨式に来場され、その受付(会費の受け取り、記帳受け、前記お土産や名札の手渡し)をしておりましたら、昼食に出る暇もないまま午後1時を過ぎて、会合の開幕となりました。

参加者は、ミステリ作家では、『幻影城』関係作家として泡坂妻夫、栗本薫、田中文雄、田中芳樹といった面々。『幻影城』以降の作家としては、芦辺拓、綾辻行人、有栖川有栖、太田忠司、乙一、折原一、霞流一、北村薫、倉阪鬼一郎、柄刀一、津原泰水、二階堂黎人、山口雅也など(宮部みゆきは体調不良のため急遽欠席)。この他に、鮎川哲也夫人で往年のミステリ作家芦川澄子、ミステリの挿絵でも活躍されているマンガ家の喜國雅彦・国樹由香夫妻。評論家では、島崎博と旧交のあった紀田順一郎、権田萬治、仁賀克雄、二上洋一、小鷹信光などの大御所級に加えて、日下三蔵、新保博久、千街晶之、福井健太、横井司などの面々。編集者・マスコミ関係者も多く、本格ミステリ大賞・特別賞の既受賞者である戸川安宣氏のほか、ミステリの出版に関わるめぼしい出版社から名だたる編集者が参加し、台湾からも三社からの参加者がございました。また、『幻影城』でご活躍なさった画家として、「幻影城の時代展」に出品をなさる、池田拓、楢喜八、渡辺東、漫画家の花輪和一の各氏もお見えになっておりました。

参加者名簿には、参加予定者として149名の名前が記されておりましたが、実際には、急遽欠席した人よりも、当日参加した人の方がかなり多くて、たぶん参加総数は160人前後にのぼったものと存じます。
もちろん、ミステリ作家の方についてはだいたいはお顔を存じ上げていたものの、その他の業界関係者については、戸川安宣氏などの例外を除けば、見知らぬ人ばかりだったと申せましょう。そんなわけで、ここに名前を挙げたのは、あくまでも私が(記帳や名札によって)その人と確認できた方にかぎられております。よく存じ上げない方につきましては、万が一にも間違ったご紹介をしては失礼でございますし、そもそも当日欠席なさっていたりしてもいけないので、私のよく存じ上げない方(や、ファン関係の方)については、ここではあえて名前を省かせていただきました。

さて、会場は十分に広く、参加者も会場の広さに見合ったまずまずの人数となって、ひとまず一安心というところでございましたが、私個人としては、この人数の会合というのは、人が多すぎて暑苦しいというのが正直なところでございましたから、会の進行中は、会場入り口の外側脇の受付に座っていたり、入り口ドアの外側から会の進行の様子を窺ったりしておりました(境界的人間、あるいは外部の目/笑)。したがいまして、演壇上の方の声こそ聞こえど姿は見えず、余興として行われた泡坂さんの手品では、観客のみなさんの歓声だけを聞き、栗本薫さんのピアノ演奏では、ピアノの音だけを聞いておりました。
関係者のご挨拶や授賞式といったものにはトンと興味がなく、有名な泡坂さんの手品も、見たこともないのに見たことがあるような気分があってそれほど興味がなく、栗本さんのピアノ演奏も、癌との闘病後のご健康の方だけが気になって、ピアノ演奏そのものにはまったく興味がなかったのでございますが、聞こえてくる演奏にはなかなか感心させられ、だてにコンサートを開いている人ではないな、などと思ったりいたしました。

さて、そんなこの会合の中で、唯一私の興味を惹いたのは、栗本さんのご挨拶でございましたが、記憶だけでその主旨を再現してみますと、こんな感じでございました。

「『幻影城』は私の故郷のような存在であり、30年ぶりに島崎さんが日本においでになると聞き、ぜひ参加しなければと思いましたし、昔の仲間にもひさしぶりに会いたいと思い、参加しました。残念ながら、何人かのお顔を見ることができず、生きている間に会えるかどうかわかりませんが、とにかく今日は、なつかしい仲間に会えて、本当にうれしく思いました」

この会合には当然参加するであろうと思われていた、竹本健治と連城三紀彦のお二人が、諸般の事情で欠席していたことを指して、栗本さんはたぶん上のようにおっしゃったのでございましょうが、癌との闘病の後だけに、私はその言葉に重いものを感じ、同情を禁じ得なかったのでございます。


さて、そんなわけで、私が会場に足を踏み入れたのは、式次第がひととおり済んで、歓談のための立食パーティーになってからでございました。
「ひとまず、美味しそうなものだけ摘んでおこうか」というのと(笑)、名簿に五所光太郎氏の名前をみつけたので、この機会にご挨拶をしておこうと思ったからでございます。

一般の方は、たぶん五所さんをご存じないでしょうが、五所さんは式貴志(=間羊太郎・蘭光生)の研究家として知られる方で、以前、ここ「アレクセイの花園」にも書き込みをなさって下さった方でございます。当然、面識はなかったものの、書き込みによってそのお人柄は何となくわかっておりましたし、今なら名札をつけているので見つけられるだろう、と考えたのでございます。

すぐに五所さんを見つけてご挨拶することができ、以前に『ミステリ百科事典』(間羊太郎・文春文庫版)を送っていただいたお礼などを言っておりましたところに、ご存じ黒猫のミーコ姫を連れた倉阪鬼一郎さんが「おひさしぶりです」と声をかけて下さったので、五所さんを倉阪さんに紹介したところ、倉阪さんは五所さんに「私も昔、彼に噛みつかれたクチですよ」などとおっしゃるので、私は「あれは噛みついたんじゃなくて、ホラーとは何かといったについて議論をしただけですよ。一晩徹夜の議論でしたけど(笑)」というような、言い訳なのか何なのかわからない補足をいたしました。そんな歓談のあと倉阪さんがその場を離れると、五所さんが「論争とかなさっても、その後、あんなふうに和やかに話ができるというのが素晴らしいですよね」とおっしゃるので、私は「それは倉阪さんが大人だからですよ。この会場にも、私に噛まれた人が五、六人はいると思いますが、多くの人は私を避けますからね。まあ、足を踏んだ方はそれほど気にしないものですが、踏まれた方はそうはいかないですから、それはしかたのないことでしょう(笑)」などと話していたのでございます。

五所さんが聞かせて下さった話として興味深かったのは、五所さんがつとめておられるアニメ関係の編集プロダクションのアルバイト募集に、竹本健治子息の竜都さんが応募してきて、その面接で五所さんがそれと気づいて一人が盛り上がってしまった、というお話でございました。
竜都さんと言えば、『ウロボロスの基礎論』でも描かれておりますとおり、私が出会った当時は、まだ2歳かそこらの赤ちゃんで、とても愛くるしいお子さんでございました。その後、中学生くらいまでは竹本さんのお宅で何度かお見かけしたものの、それ以降はお目に係る機会がなく、先年、竹本健治さんから、竜都さんが日本大学芸術学部の映画監督コースに進んだと聞かされて「あの読書好きで早熟の文章家であった竜ちゃんは、映画監督を目指しているのか」と感心させられ、月日の流れの早さをつくづく感じさせられたものでございます。
ともあれ、そんな思い出ぶかい竜都さんと、目の前の五所さんが繋がるなんて、なんとも「狭い世界ですねえー」と、五所さんと頷きあったのでございました。

その後、一人でサンドイッチなどを摘んでおりますと、見知らぬ女性から「田中幸一さんですか?」(アレクセイさんだったかな?)と声をかけられ「砂子です」言われて、ああとその名を思い出しました。砂子さまの場合、名簿には本名が記されておりましたので、どこかで見た名前だなと思いつつも、誰だかわからなかったのでございます(そんな方が、他にも数人ありました)。
「やあ、ご無沙汰しております。最近は、ぜんぜん書き込みに来てくれませんね」などと申しますと「花園は敷居が高くて」などと、いつもの返事が返ってきましたが、そんな砂子さまがどうして私に声をかけて下さったのか訝っていると、いきなり(「お迎えする会」の事務局員である)本多正一氏の本『プラネタリウムにて ―中井英夫に―』を差し出して「これに、田中さんと本多さんのサインをもらおうと思って」とおっしゃるのでので、やっと合点がいきました。この本の解説を私が書いておりましたため、どうせサインをもらうのならということで、私にもお声がかかったのでございましょう。

――そんなわけで、「お迎えする会」では、ネット上では旧知でありながら、面識のなかったお二人にご挨拶ができて、それが私にとっては一番の収穫だったのでございます。





( 以下は「2008年夏・上京報告記(第1回 後編)」につづく)
 

お待たせのレス(後)

 投稿者:園主  投稿日:2008年 9月24日(水)17時26分35秒
   日本人さま

反論

(無題)

なでしこ隊観た?


  戦陣訓の歌 (作詞:梅木三郎、作曲:須磨洋朔:昭和16年)

    日本男児と 生まれ来て
    戦さの場に 立つからは
    名をこそ惜しめ 武士よ
    散るべき時に 清く散り
    御国に薫れ 桜花


自称「日本人」さまは、この歌をご存じでしょうか?

出だしに『日本男児』とあるとおり、これは「日本男児」の、ひいては男女を問わぬ「日本人」の、あるべき心意気を謳った歌でございます。

自称「日本人」さまがお若くて、この歌詞の意味が取れないといけませんので、現代口語に意訳しておきましょう。

    日本の男児と生まれ来たって
    戦さの場に立つからには
    何よりもまず、日本人としての名に恥じないよう
    自身の名を汚すことを惜しむ、正々堂々の武士(もののふ)であるべきだ
    敵との戦いにおいて、力及ばずして死ぬことになろうとも
    敗れる時は潔く敗れて 決して卑怯未練な振舞いに及んではいけない
    桜の花がそうであるように 散るべき時には潔くきれいに散り
    そのことで愛する祖国に、すがしい薫りをのこして逝く桜花となれ


さて、ご承知のとおり、私はご指摘の論文、


 ・「 特攻隊神話の保存装置 「知覧特攻平和会館」―― 展示された、戦争への無自覚と無反省
  (http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/tiran.html

にも書きましたとおり、先の大戦末期に日本軍で行われた「特攻」なる作戦行動を、あたら若い命を奪うだけの救いがたい「愚策」であったと考え、そんな戦略的効果の望めない愚かな作戦に、抗うべくもなくその身を投じなければならなかった多くの若者たちの哀れな死を心から悼めばこそ、彼らの死は、所詮は「無駄死に」「犬死に」であったと考えるものでございます。


しかし、そんな私ですら、この「戦陣訓の歌」に謳われた「日本男児の魂」には、完全に同感いたします。と申しますか、日本男児に限定せず、人間とはこのようなものでなければならないと考えるのでございますね。

で、そういう私から見ますと、匿名でしか物が言えない自称「日本人」さまや、自分の身元を問われた途端に、うんともすんとも言わなくなった自称「高橋正彦」さまなどは、「日本人」を名乗るもおこがましい外道であり、まっさきに日本人を名乗るのを止めていただきたい、「日本の面汚し」でしかないと存じます。

その昔、日本の武士(もののふ)は、敵と刃を交える前に、まず「名乗り」をあげ、自分が何者なのかを明らかにした上で、正々堂々の戦いを挑んだものでございます。つまり、卑怯な戦いで勝ったとしても、その汚名は語り伝えられることになりましょうし、勝てないとわかって敵前逃亡などすれば、生きて戻っても、腹を切らされたことでございましょう。

つまり、日本の武士であるならば、誇りある日本人であるならば、堂々の名乗りをあげこそすれ、姑息にも「匿名」で人を批判したりはしないものなのでございます。


ところが、自称「日本人」さまや自称「高橋正彦」さまを含む、昨今の「ネット右翼」「ネット愛国者(ナショナリスト)」と呼ばれる若者たちの多くは、卑怯にも、匿名の陰から物を言うことを恥じない、日本の愛国者を僭称する「偽・愛国者」なのでございますね。

すくなくとも、こんな人たちに比べれば、私の方がよほど「愛国者」でございますし、だからこそ、他所の国のことよりもまず、祖国日本を批判しもするのでございます。


そして、こんな私に言わせれば、「戦陣訓の歌」に謳われた「日本男児」の姿とは、似ても似つかない存在である、自称「日本人」さまや自称「高橋正彦」さまなどは、むしろ「日本人とは、こんな下劣な民族である」という悪評を立てるために、わざわざ「日本人」を装った、「悪意ある外国人」なのではないのかと疑いたいところでございます。

しかしながら、どんなに卑怯未練で下劣な人間だとしても、それが現実問題として日本国籍を有する日本人なのであれば、嫌でも日本人だと認めて、同じ日本人が片をつけなければならず、臭いものを外国に押しつけるような、ぶざまな真似などできるものではございません。

となれば、自称「日本人」さまや自称「高橋正彦」さまには、せめて「火星人」とでも名乗ってみせる「バカな日本人」であっていただきたいものでございます。すくなくとも「人類」でさえなければ、倫理観がまったく違っていたり、ましてや日本語の通じない存在であったとしても、それはいちがいに責められるべきことではない、と考えられるからでございます。


ちなみに、自称「日本人」さまと自称「高橋正彦」さまのリモートホストは、

・ 自称「日本人」  FLA1Aad032.szo.mesh.ad.jp(218.42.73.32)
・ 自称「高橋正彦」 FLH1Aie029.aic.mesh.ad.jp(125.196.190.29)

という、微妙に違っていながらも非常に似たものでございます。

パソコンやネットの技術的側面に詳しくない私には、これをどう考えれば良いのか定かではございませんが、ただ自称「日本人」さまが、自称「高橋正彦」さまをご存じなのであれば、自分の方から質問をしておきながら、質問の前提を問う質問を返された途端に、黙り込んでしまうというような態度は、「日本人」として恥ずべきものですよ、とお伝えくださいまし。

無論、自称「高橋正彦」さまとは違って、礼儀も知らなければ、文体も「幼稚」に見える自称「日本人」さまには、何を語っても無駄ではございましょうが。


――残念ながら私たち日本人は、今の日本の自称「愛国者」たちのレベルがいかにも低く、おのずと諸外国から「日本人は民度が低い」と見られても仕方のない現実と、その自己責任において対峙していかなくてはなりません。
こうした日本人の現実の前にしながら、あえて近隣諸国の民度ばかりを云々するというのは、現実逃避の無責任にしかならないからでございます。



 ホランド

というわけで、私の「上京報告記」は、まだ続く。
おまえもサボってないで、しっかりオススメ本の紹介なんかを頼むよ(笑)。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm

 

お待たせのレス(前)

 投稿者:園主  投稿日:2008年 9月24日(水)17時25分11秒
   さま


東京では、お会いできて、本当に嬉しゅうございました(^-^)。


僕の感情表現が、ハ行で全て事足りる哀しさよ。

> アリョーシャは32歳の男、淳を会った瞬間、泣かせる(美中年の)男でした。
> 開口一番「大好きなんです!!」と言ったとか言わなかったとか…(言われた方は堪らない)。
> 確かアリョーシャは若干ヒキ気味で、あとずさりしたようにみえたのは錯覚か…


実際にはおっしゃらなかったのですが、目はハッキリとそう語っておりましたね(笑)。

ともあれ、あの場では周囲の目もございましたし、私は別の方をその(喫茶)店から送って出るところでしたので、淳さまには「すぐ戻りますから、悪いけどここで待ってて下さい」と言って、いったん間を取ったのでございます。――まあ、要は、すこし退いたということでございましょうか?(笑)


これは「上京報告記」の続きで書く部分に属する事柄なのでございますが、その日(16日)の私は、吉祥寺の喫茶店で、画家の村上昂さんを友人に紹介してもらい、村上さんのお話を聞かせていただくことになっていたのでございます。

淳さんとお会いする約束は、それが終わってから同じ吉祥寺で3時に、ということになっておりましたので、私と友人夫婦が村上さんとの待ち合わせ場所である喫茶店に入ってしばらくしてから、淳さまも同じ喫茶店に入って、私たちの近くまでお出でになっていたのでございます。
私は、後の待ち合わせの関係から、事前に私の服装と座っている位置を、淳さまにメールしておきましたので、淳さまの方ではだいたいこちらに見当をつけることができたのでございますが、私の方は、淳さまが店内のどのあたりにおられるのか、見当がついていなかったのでございます。

村上さんが予定より1時間半も長く、あれこれお話を聞かせて下さった後、それではということで村上さんを送りに一同が席を立ったところ、近くの席でこちらを見つめて立っている青年を発見。「あっ、あれが淳さんだな」と直観いたしましたが、あちらも私をそれと認めた様子で、こちらを見開いた感じの目で見つめているのでございます。しかし、私は村上さんを送って出る途中でございましたので、その青年に「淳(じゅん)さんですか?」と声をかけ、淳さんが「そうです!」と応えたので、私は淳さんのニの腕を、二度ほどなだめるように軽く叩いて「先生を送ってきます。すぐ戻ってきますから、ちょっと待ってて下さい」と告げたのですが、その時の淳さんの目が、本当に泣いて抱きついてきかねないものでしたので、私は「ヤバい!」と思って、さっとその場を離れたのでございました(笑)。

村上さんの話をうかがった後、友人夫妻と食事を採り、そのあと淳さまと2人で会うという予定だったのですが、村上さんの話が長引いたため、村上さんと分かれた後は、4人で食事をすることになりました。喫茶店に戻って、淳さまを連れ出し、友人夫妻に紹介した後、近くの回転寿司に入ったのですが、この店は、友人の奥さんの、たってのご所望で、あとで聞くところによると、ハードボイルド・グルメ漫画『孤独のグルメ』(原作:久住昌之、作画:谷口ジロー)の第2話「東京都武蔵野市吉祥寺の回転寿司」に登場する店だということでございました。
そうとは知らない私は、いつもどおり自分の好きなもので、あまり高くはないネタの寿司をぱくぱく食べたのでございますが、後に友人の奥さんから『孤独のグルメ』をいただいて読んだところ、この店は、基本的に130円均一で、サービスタイムには大トロも130円で食べられ、それを目当てに来る客も珍しくないというのを知り、「しまった! それなら大トロも食べるんだった」と、いかにも貧乏人らしいホゾを噛んだのでございます(笑)。


寿司屋を出た後、同日夕方に高輪のギャラリーオキュルスで開催される「幻影城の時代展」のオープニングパーティーでの再合流を約して、友人夫妻とはいったん吉祥寺で分かれ、私と淳さまは、先程の喫茶店にもどって、展覧会に向かうまでの一時間ほどを歓談して過ごすことにいたしました。


> まあ、兎に角アリョーシャは「速い」し「早い」男です。

> 僕の歩幅のぺースを完全に無視して、品川の街をスイスイと驚異的な「速さ」で歩く。
> こっちはついていくのにもう必死、でもアリョーシャは全くお構いなしなんだもん。


これは少々誤解を招く表現なので、補足説明をしておきましょう。
展覧会へは、絵を見る時間を考えて、パーティーの1時間前(5時)くらいに行こうと話していたのでございますが、ついつい話が長引いてしまい、喫茶店を出るのが遅れてしまったのでございます。それで、移動時の私は、少々焦っていたのでございますね。

ま、もとよりせっかちで歩くのが早く、私の歩いている前を塞ぐようにしてノロノロ歩いている人がいると、途端にイライラする、というのは事実でございますが、この時はあくまでも、単純に急いでいたのであり、淳さまがスローペースな方だとは、まったく気づいていなかっただけなのでございます(笑)。


> それに「早口」で語りかけるものだから、貧弱なアタマの持ち主である僕としては、緊張も相俟って、

> 「はぁー」「へぇー」「ほぉー」という馬鹿の相槌、ハ行三連発をひたすら繰り返す。
> でも「ヒィー!!!」が無かったのは、幸か不幸か…「ふぅ…」


早口で話したつもりはなかったのですが、だとすると、私は日頃から早口なのでございましょうか?


> また、アリョーシャの御友達という異なる「ファクターの眼」が登場することで、アリョーシャという「謎めいた男」を多角的に観ることができたのは大きな収穫でした(あの後、メシ食べながら歓談したかったのにっ「ヒィーーーーー!!!!!!!!!」)。


私にだって友人はおりますが、まあそれなりに個性のある人たちでございますよ。――淳さまも含めて(笑)。


> アリョーシャは、ごく当たり前、自明のことのように公正性を最後まで自然に貫き、「権威」「肩書き」といったものから最も遠い存在である僕の傍にずっといてくれたことが、どれだけ心強く、救いになったことか(「ふぅ…」)


いやあ、べつに興味のない有名人とまで話したいとは思わないだけでございますよ。そんなことをしても、無用な気を使って、疲れるだけでございますからね。

ああいう機会に、有名人に顔を売ろうと、名刺をばらまいて営業をなさっている方も多ございましたが、私はあくまでも、「島崎博さんをお迎えする会」では単なる参加者(『幻影城』ファン)、「幻影城の時代展」では絵の鑑賞客でございましたから、名刺などは持参せず、断れずに名刺を受け取った方に対しては、申し訳なくもメモを書いて渡したりしたのでございました(笑)。

ま、そんなわけで、私自身、基本的には「一般人」のつもりでございますし、その点では淳さまと同じ立場でございましたので、淳さまや友人たちと一緒にいるというのが、ごく自然なことだったのでございます。


> でも飲食費は「金はもっとる方が出せばエエ」って感じで、全部アリョーシャ持ち(「ふぅ…」)


いえ、すでに食事を済ましてこられた淳さまを、うっかり寿司屋に誘ったのは私でございますし、淳さまはつきあいで少しつまんだ程度だったので、私が払わせていただいただけでございます。


> 因みに、「淳」の読みは「あつし」であって「じゅん」ではないのです…はははは〜
>「もういいや〜」っと諦念して、自分でも「じゅんです」なんて言っちゃったりしてさー。


ネット上で知り合い、しばらくしてからお名前の読みが「あつし」であることを知ったのでございますが、それ以降もはずっと「じゅん」で「淳」と変換していたものでございますから、私の頭の中では、淳さまは「じゅんさま」であり、淳さまの本名は「あつし」だ、という感じだったのでございます。失礼いたしました(笑)。


> そそ、
> アリョーシャの携帯の待ち受けは可愛いですよー。
> 覗き見したんじゃなくて、見えちゃったんですからね。
> 「へへ〜ん♪」 ?

あれは10年くらい前の田中麗奈の写真でございます。
今も私の部屋に貼ってあるフジフィルムのポスターから、自分で作った携帯用の壁紙。
なかなか感じ良く出来ておりましたでしょう?(笑)



ありがとうございます

> それはまるで恋人を待つような気分。
> それはまるで可憐な乙女心を宿した中年男の気分。


出会った瞬間の淳さまは、これが丸きりの冗談だとは思えない雰囲気でしたので、前記の対応となったのでございます(笑)。

じつは事前のメールのやりとりで、淳さまが「アレクセイさんに会ったら、感激で抱きついちゃうかも知れません」と書いてこられたので、私は「私は、バンコラン同様、美少年専門なので、申し訳ありませんが、大人の方、ましてや30過ぎのオジサンはご遠慮させていただいています。もし、淳さまに可愛い甥っこでもおられれば、そちらをご同行願えると、私としてはたいへんありがたい。ことによると、大阪に連れ帰るかも知れませんが」と予防線を張っておいたのでございますがね(笑)。


> それに対するアリョーシャの返答といったら、只管あくびの連発ですの。
> 全く、生理現象とはいえ、残酷なほど誠実な反応でしたわ。


いや、これは、単純に生理現象でございます。淳さまを親しい友人と思えばこそ、遠慮なくあくびをすることもできたのでございます。
それにしても、そんなにあくびを連発しておりましたでしょうか?

じつは上京中、寝るのが惜しくて友人と0時過ぎまでビールをなめなめ歓談したりして、それでも翌日の日程があるからと1時まえには床に入ったのですが、楽しさのあまり興奮しているせいか、すぐには寝つけないという毎日が続いたのでございますよ。
そんなわけで、淳さまの前でもあくびを連発したのでございますが、――今、思い返せば、あそこでもここでも、結構、時と場所を選ばず、あくびを連発していたようにも思えます。もちろん、退屈していたからではございません。単純な寝不足。私の場合、最低8時間の睡眠が必要なのでございます。
そう言えば、「島崎博さんをお迎えする会」が始まった後も、私は受付に座ってあくびを連発しておりました(笑)。



 Keenさま

お祝い

> 淳さん、アリョーシャとの初デートおめでとうございます!(ぱちぱちぱち)
> なかなか幸福なひとときを過ごされたようで、よかったですね〜。園主さまからのご報告も楽しみです。


事前にメールで「実物は、驚くような美中年ですが、いわゆる、俺に惚れちゃいけねえぜ、ですよ」と書き送っておいたにもかかわらず、惚れられてしまったようでございます。私は、なんと罪な男でございましょうか……。


> そして今日(※ 9月17日)は、竹本健治と故・中井英夫の誕生日です。
> Happy Birthday×2!


「島崎博さんをお迎えする会」の翌々日(9月15日)、『ウロボロスの純正音律』の舞台である「玲瓏館」こと「スタジオシエスタ」を訪問して、竹本さんにお会いしたのでございますが、例によって誕生日のことはすっかり失念しておりました(^-^;)。

なお、ここでも思い掛けない出会いがございましたが、それは後の「上京報告記」にご期待下さいまし(笑)。


久々にキリ番

> 今投稿したら、カウンターがちょうど「343000」になりました。
> もはや何回目かはわかりませんが、久しぶりですねー♪(^0^*


ありがとうございます。
今後とも変わらず、「アレクセイの花園」をご愛顧くださいまし(笑)。





( 以下は「お待たせのレス(後)」につづく)
 

なでしこ隊観た?

 投稿者:日本人です  投稿日:2008年 9月21日(日)01時51分56秒
  はじめまして、突然ですが管理人さんは「俺は、君のためにこそ死ににいく」とか
「なでしこ隊」を観ました?http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/tiran.htmlに書いてありますが、特攻隊神話の保存装置とよく平気で書けますね。あなたのような掲示板管理人がいるなんてびっくりするね。一方的な意見を書く管理人は掲示板を持つ資格は無いと感じます。そんな管理人だからこの意見も載せないかもしれないけど、堂々と管理人の意見も掲示してくださいね。
 

(無題)

 投稿者:日本人  投稿日:2008年 9月21日(日)00時43分49秒
  http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/tiran.htmlについて逃げるのかな卑怯者  

反論

 投稿者:日本人  投稿日:2008年 9月21日(日)00時42分28秒
  展示された、戦争への無自覚と無反省について。
何故アレクセイさんはhttp://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/tiran.htmlについて自分の言いたい事だけかくのですか?63年前、愛する人たちや、日本の為に散っていった若い命を無駄死にのように扱うのですか?日本人なら、本当に哀悼を捧げ永久平和を願うなら
あなたのようなふざけた考えは持たないと思います。掲示板を管理する責任者の資格が無いと断言できます。公平な意見を持たない掲示板の責任者だったら掲示板を止めなさい。
 

無事(?)、帰阪いたしました。

 投稿者:園主  投稿日:2008年 9月18日(木)16時22分52秒
   みなさま

2時間ほど前に、東京より帰阪いたしました。

今回は6泊7日という久々に長期の上京とあいなりましたが、いつも以上に中身の濃いスケジュールで、会うべき友人に会えたばかりではなく、長らく面識のないままネット上でおつき合いいただいていた友人にも複数お会いでき、思い掛けなく面識を得ることが出来ました。また、是非お会いしたかった画家の方にお会いできたり、サインをいただけたりもいたしました。

古本屋へはほとんど足を運ばなかったと申しますか、過密スケジュールの故に、今回は古本屋めぐりをする時間が無かったのでございますが、にもかかわらず、非常に貴重なものを数多く入手することができました(笑)。

このほか、「危険人物アレクセイ」の片鱗を覗かせた場面もあれば、すでに多くの方がネット上に報告記をアップしております「島崎博さんをお迎えする会」へスタッフの一人として参加しての見聞など、他の方とはひと味もふた味も違った「濃いご報告」ができるのではないかと存じます(笑)。――ですが、なにしろ今回はなにかと盛り沢山でございましたので、報告記はおいおいゆるり書かせていただきたいと存じます。
また、私の帰阪を待たずにお書き込みを下さった、淳さま、Keenさまへのレスも、その折にしっかりとさせていただきますので、今日のところはご勘弁下さいまし。


さて、東京でお世話になったみなさま、本当にありがとうございました。

上京前に書きましたとおり、私は「友だち」であるみなさまと会うために、上京いたしました。もちろん、前記のとおり、予想もしていなかった旧知の方と面識を得ることもできましたし、いわゆる「有名人」に属する方お2人にも面識を得ることができました。

後者のお二方について言えば、私が「個人的に会いたい人」というのは、私の中ではすでに「友だち」のなのだと申せましょう。――と申しますのも、「有名人という評価」が意味する「権威的なるもの」に対しては、私は反感を覚えこそすれ、何の魅力も感じないからでございます。私の場合、人に魅力を感じるというのは、どこかでその方に「人間的な共感」を持つからだと思うのでございますね。
「この人となら、友だちになりたい」という思いは、決して「この人の知遇を得たい」というのと同じではございません。相手に知ってもらいたい、認めてもらいたいというのではなく、こちらが相手のすべてを知りたい、理解したい。世間的に認知され評価された「その人の一面」だけではなく、その背後に広がる、その人のすべてを知りたいという思いが、私にとっての「友だちになりたい」ということなのではないかと思うのでございます。


ともあれ、本当に充実した、楽しい7日間でございました。
――そのぶん、明日から仕事に戻るのかと思うと、かなりうんざり。
私の夏休みも終わったということなのでございましょう(笑)。





それでは、みなさま、本日はこのあたりで失礼いたします。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm

 

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