teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助 youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


13号合評会:ホッタタカシさん『FRIEND』劇評

 投稿者:w1allen  投稿日:2013年11月 2日(土)09時49分59秒
返信・引用
   『友達』のダンスパフォーマンス版というのは、最初どのようなものか想像がつかなかったです。しかし、ホッタさんの劇評を読むと、流れや脚色がよくわかりました。
 「ハハァ、この作品は『友達』の忠実なダンス化などではなく、むしろ『友達』という装置を使って、ダンサーの側がどんな魅力的な舞台空間を構築できるかという挑戦なのだナ」という言葉が、核心をついていると思いました。
 演劇やダンスパフォーマンスは、当然のことながら、見直すことができませんので、それを文章にするのは至難の業だと思いますが、それをこなされるホッタさんの力量には脱帽です。

http://www.geocities.co.jp/Bookend/2459/novel.htm

 
 

13号合評会:滝口健一郎さん『もぐら通信』

 投稿者:w1allen  投稿日:2013年11月 2日(土)09時37分53秒
返信・引用
   タイトルに、当誌の名前を出してくれて光栄です。
 「採石場跡のシェルターのなかに絵画は必要なかったのか?」というのは、絵画を描かれる滝口さんの鋭い視点だと思います。
 安部の小説には、一筋縄ではいかない、様々な問いかけが描かれています。答えることよりも、まず、その問題を自分で考えてみることが大事なのではないか?滝口さんも苦闘されているように思いました。
 当誌を「重要な電子ブック」と賞賛の言葉を頂き、誠にありがとうございます。これからも質を保ち続けていきたいと思います。

http://www.geocities.co.jp/Bookend/2459/novel.htm

 

13号合評会:澤井佳彦さん「安部公房作品朗読会報告」

 投稿者:w1allen  投稿日:2013年11月 2日(土)09時29分37秒
返信・引用
   本当に「東鷹栖安部公房の会」は、精力的に活動されていますね。
 今回は、「赤い繭」「魔法のチョーク」「手」の三作品を選んで、朗読会を行われたとのことです。
 24人の参加者の中には、面白いと感じる人、難しいと感じる人、様々なようでした。安部の世界への入口となってくれれば、うれしいなと思いました。
 今後とも催し物を企画されているようで、期待しております。

http://www.geocities.co.jp/Bookend/2459/novel.htm

 

13号合評会:ホッタタカシさん書評『安部公房とわたし』

 投稿者:w1allen  投稿日:2013年11月 2日(土)09時20分27秒
返信・引用
   私も『安部公房とわたし』を読みましたが、評価に困っていました。しかし、ホッタさんの文章を読んで、随分読み抜けがあることに気付かされました。
 安部公房が隠した癌の闘病生活、安部と山口さんの共作、安部のオセロなどのゲームの負けず嫌いなど、新しい事実が紹介されています。
 安部公房と母親をほぼ同時期に亡くされた山口さんの心痛は大きかったことでしょう。しかし、本書は、安部公房からの卒業と、山口さんの再生を記した一冊だと思います。

http://www.geocities.co.jp/Bookend/2459/novel.htm

 

13号合評会:頭木弘樹さん「眼には眼を」

 投稿者:w1allen  投稿日:2013年11月 2日(土)09時10分21秒
返信・引用
   いや、困りますね。こんな文章を書かれては。だって、詳し過ぎて、映画を観た気になってしまいます(笑)。しかも、安部公房の批評を下敷きにして、頭木さんの文章が丁寧に書かれています。
 映画の評価に厳しい安部公房が、恐らく2番目に好きだと思わるのが、この「眼には眼を」です。
 本作の批評を書いた「砂漠の思想」が、「チチンデラヤパナ」の前に発表されていることに驚きました。安部の砂への関心はずっと前からあったようですが、「チチンデラヤパナ」や「砂の女」に、この映画が多少の影響はあったのかも知れません。
 終わらない植民地支配の問題が、本作の根底にあるのかも知れません。頭木さんが「誘惑者」を挙げているように、ヴァルテルとボルタクの二人の奇妙な同行が、是非観てみたいと思いました。
 ヴァルテルに過失がないのに、ボルタクから言われのない責めを受けるのは、やはり「砂の女」を連想してしまいます。
 また、監督、主演、原作者などの解説も詳しく書かれていて、とても充実した一作だったと思います。
 「忘れられた人々」とあわせて、「眼には眼を」を観てみたいと思います。

http://www.geocities.co.jp/Bookend/2459/novel.htm

 

13号合評会:ホッタタカシさん『FRIEND』劇評

 投稿者:hirokd267  投稿日:2013年10月22日(火)04時05分56秒
返信・引用
  ホッタさんにはいつも劇評をお願いしていますが、快く引き受けて下さいまして有り難うございます。
今回のCHAiroiPLIN公演も、ダンスで『友達』を演じるというのでとても興味深く、はずせません。

ホッタさんの描写は、劇の進行を追って詳しくなされ、私たちを劇中に引き込んでいきます。そして「しかし、主人公が巨大な生物のようにリズミカルにうごめく家族たちの群舞に翻弄される姿を見るだけでも、彼の困惑と抵抗がすべて無駄に終る様子は完全に打ち出されるのだ。」とダンスでの表現を的確に伝えておられます。
「過去に観た『友達』公演の中でも際立って印象的だ」と評価されるホッタさんは、「今後の健闘を見守りたい。」と劇団に好意的で、この温かい心はいつもホッタさんの劇評に底流しているように思います。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1000004&tid=0bit8xkbc&sid=1000004&mid=1&type=date&first=1

 

方舟さくら丸と絵画

 投稿者:岩田  投稿日:2013年10月21日(月)19時36分1秒
返信・引用
  核シェルターの中の展覧会というインタビューに、まさに溝口さんが抱いた疑問に、安部公房が答えていますよ。ご覧あれかし。  

13号合評会:滝口健一郎さん『もぐら通信』

 投稿者:hirokd267  投稿日:2013年10月21日(月)03時08分9秒
返信・引用
  いつも安部公房についての思いと言葉をご寄稿くださっている滝口さん。
今回もその思いがいくつかの言葉となって伝えられてきました。

『方舟さくら丸』の核シェルターに絵画は必要なかったのか、とかは興味深い視点ですね。
そのようなひらめきを生活の中で思考し続けておられるという。それは「安部公房的抽象思考」として言語化される。その場として「もぐら通信」を活用していただけるのは、誠に有難いと思います。
滝口さんは自ら「ABEジャンキー」と言っておられますが、まさに、です。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1000004&tid=0bit8xkbc&sid=1000004&mid=1&type=date&first=1

 

13号合評会:澤井佳彦さん「安部公房作品朗読会報告」

 投稿者:hirokd267  投稿日:2013年10月21日(月)02時51分27秒
返信・引用
  旭川市東鷹栖で安部公房研究会をされている澤井さんが、8月の朗読会の模様を報告して下さいました。
安部公房を読んだことがない、という人たちがほとんど、という状況で、「赤い繭」「魔法のチョーク」「手」を朗読したという。どれもシュールな作品ですから、参加された人々はこの安部公房の世界にびっくりされたでしょうね。
そんな集いに24名も参加された、というのも驚きです。これから安部公房縁りの地ということで、安部公房への関心がどんどん増していくことでしょう。

このような活動が地道に進められていることに感心するとともに、澤井様には今後もご報告をお願いしたいと思います。それは全国の安部公房ファンを勇気づけることでしょう。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1000004&tid=0bit8xkbc&sid=1000004&mid=1&type=date&first=1

 

頭木弘樹さんの『安部公房、映画に行く(2)──アンドレ・カイヤットの 「眼には眼を」』を読んで

 投稿者:岩田  投稿日:2013年10月20日(日)12時26分38秒
返信・引用
  頭木弘樹さんの『安部公房、映画に行く(2)──アンドレ・カイヤットの 「眼には眼を」』を読んで

いつもながら、頭木さんの映画に関する批評文は、啓蒙されることが多く、映画に疎いわたくしには、未知の領域への「水先案内人」という感じが致します。
DVDのジャケットは、時代を感じさせて、その時代でなければ、多分このような映画の撮影はできなかったであろうという感慨を催させるものがあります。
この映画評を読んで思うのは、当時の安部公房の実に精力的な活動振りです。
また、インターミッションと題しての、この映画監督についての紹介も、ありがたかった。
そして、原作者がアルメニア人だと書いてあるのを見て、わたしは成る程と思いました。アルメニア人ならば、このような話を拵えることは不思議ではないと思います。
と、そう思って読み進めて行くと、安部公房の言葉として、「?「眼には眼を」のやや因果を無視したやり方は、考えてみるとそうした 不条理流の断絶ともすこしちがうような気がしてくる。あとで、シナリオにも協 力している原作者のヴァエ・カチャがアルメニア人であることを知り、なるほど と思ったわけだ。」とあり、やはり安部公房も同様に思ったことがわかります。
最後のところでの安部公房のサイードに関する評言は、全くその通りで、白人種の他の文明への見方はいつもそのようであり、特に近世以降は一言で言えば植民地をみるものの見方なのではないかと思います。逆にわたしたち日本人もまた白人種の文明を、植民地ではありませんが、憧憬の対象として自画像を重ねて来た訳です。しかし、それは否定さるべきものではないとわたしは思っています。
色々なことを考えさせられる、豊かなご寄稿でした。
どうも、ありがとうございました。
 

レンタル掲示板
/29