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Re: R62号は復讐をしたか?

 投稿者:大熊  投稿日:2016年 8月 3日(水)01時20分38秒
返信・引用
  > No.279[元記事へ]

 私も読書会に臨む前までは、最後の場面は、アレンさんのおっしゃるように

>人間の感覚を超えたものが、将来的に現れて、「人間」の存在を脅かす。そのときには、労働者も資本家の区別もない

 というふうに捉えていて、「復讐」というのはあまり念頭になかったです(少しはあったのですけど)。
 ところが、読書会での話し合いの過程で、「復讐」というのもありかな、と考えが変わってきました。

>「花井への恋慕に見られるように、単に外部からの指示だけで動いているわけではない」
というのは、最初からそう考えていたのではなくて、読書会のなかでふと気づいたのでした。

 そしてその流れの中で、前回読書会である程度コンセンサスを得た、「第四間氷期」のラストシーンの解釈を思い出しました。それとどなたかが示して下さった、安部公房自身が「第四間氷期」のラストのゆくたてについて、「自分でも意外だった」と言っていたということも。

 安部公房が「R62号……」を書くにあたって最初に見取り図みたいなのがあったと思うのですが、そのときはおそらく、復讐という概念は持ってなかっただろうと思います。
 そのへんは岡田さんのおっしゃるとおりだと思います。論理的にはそうでなければなりません。

 けれども上記したように「第四間氷期」において、「あるべき」結末の論理的整合性を、安部公房自らが壊してしまったように、「R62号……」においてもまた、あるべき(論理的にそうでなければならない)結末に、著者自身が忍びきれず、あのような結末に(発作的に)してしまったとは考えられないだろうか。なくもないのではないか。そんな気がしてきたのでした。

 著者は論理的には「微視的連続感」を否定するわけですが(タテマエ)、その著者自身がみずからの「実存性」を払拭しきれず、「巨視的不連続感」を受け入れられなかった(ホンネ)ということなのかな、と思いました。「人間・安部公房」がはからずも顔をのぞかせた、そういうことだったのではないかなと解釈しています。

 
 

『R62号の発明・鉛の卵』第二回読書会

 投稿者:アレン  投稿日:2016年 8月 2日(火)20時13分17秒
返信・引用
  お世話になります。アレン(岡)です。
9/19(月・祝)13:00に高槻市立文化会館にて、
『R62号の発明・鉛の卵』第二回読書会を岡田さんとともに開催します。

前回に引き続き、同短編集から、「パニック」「死んだ娘が歌った」「人肉食用反対陳情団と三人の紳士たち」の三作品を取り上げます

開催要項の詳細は、以下をご覧ください。
http://w1allen.seesaa.net/article/440580217.html

初参加大歓迎です。課題本を読んでいただければ、誰でも参加申し込みいただけます。
「KAP読書会について」や前回の読書報告を参考にしていただければ、幸いです。
http://w1allen.seesaa.net/
から読めます

貴方の来訪を心よりお待ちしております。

また、ネット中継もします。
http://www.ustream.tv/channel/9p4MS4HaSRf

過去の録画は、
https://www.youtube.com/user/w1allen/videos?
でご覧になれます

ー読書会という舞台装置が、他者への通路を開くキッカケになることを夢見てー

http://w1allen.seesaa.net/

 

Re: R62号は復讐をしたか?

 投稿者:アレン  投稿日:2016年 8月 1日(月)22時01分13秒
返信・引用
  > R62号は本当に復讐をしたのでしょうか?
>


分かり易い図式に映るかもしれませんが、それも一つの読み方だと思います。
本作のロボットが、一般的なロボットの定義とズレているというのも読書会で指摘があり、重要なポイントであると思います。

文庫解説の渡辺広士氏の「復讐」と言う言葉が、カバー裏の紹介にもあり、そこからこの殺人が復讐だったのかどうかというのはテーマになりやすいようです。
これが本当に復讐だったのかは、読書会でも取り上げられましたが、結局YESともNOとも言えない結果となったと思います。

hirokd267さんは、テキストを丹念に読み込みながら、R62号の行動に私情が挟む余地はなく、復讐でない説をとられています。

私も、R62号に復讐や殺人の意図はなく、条件反射(外部からの指示に対する反応、一種のプログラミング)の結果として、皮肉な殺人という結果を招いたと考えていました。
しかし、読書会で大熊さんに、「花井への恋慕に見られるように、単に外部からの指示だけで動いているわけではない」と言われ、分からなくなりました。

hirokd267さんのコメントにある通り
>そのせいか、指示には素直であるけれども、秘書の花井に心を寄せたり、窓の外の赤旗とプラカードの列に心を乱されたりします。このことはあとで読みに影響するかも知れません。

二つのパトス的なものは、ロボットのロゴス的なものとは違うと思います。
そこだけ異質な感じもするので、もう少し考えてみたいです。

そういえば、R62号は、手術の結果、感情が純化され、詩的なことを言ったり、アドリブで自作の詩を歌ったりします。

感情を純化された結果、パトスの世界をロゴス的に捉えるようになったのかもしれない・・・そんなことを思います。
譬えて言うと、コンピューターが自作する文章が、どこかしら人間には違和感があるような感じです。

人間の労働もどこかしらパトスというか、人間味のあるものが本来は必要なのかもしれませんが、ロゴスだけで詰めて、合理化ばかりしようとすると、高水社長のようにしっぺがえしを食らうのかもしれません。

最後の機械も先ほど挙げたコンピューターが自作する文章と似ている気がします。人間の感覚を超えたものが、将来的に現れて、「人間」の存在を脅かす。そのときには、労働者も資本家の区別もないのではないでしょうか?

http://w1allen.seesaa.net/

 

R62号は復讐をしたか?

 投稿者:hirokd267  投稿日:2016年 7月31日(日)23時55分55秒
返信・引用
  R62号は本当に復讐をしたのでしょうか?

R62号君は高水製作所をクビになっていた。脳を改造された彼は高水製作所に派遣され、新式工作機械を発明する。社長がその機械に取り込まれ、惨殺される。こうして彼は復讐をなした。
脳は改造されても彼はロボットではなくサイボーグだから「復讐する」という人間的な心を持つことは可能だった・・・
分かり易い図式である。
では安部公房はそれによって何を表現したかったのか? この小説が復讐譚なら「彼は復讐を成し遂げた」それだけのことではあるまいか?

私は他の作家との関連を見たりするよりも(カフカの「流刑地にて」は既読)この作品に書かれていることをもっとよく見たい。
復讐するということは、社長に対して怨みを持っていなければならない。それはどこに表れているだろうか?
当然表れるべきなのは、最初にアルバイト学生に会社をクビになったことを告げる場面である。ところがここでは「アメリカの技術出資がきまり、仕事がなくなりましてね」「死のつらさより、生きるつらさのほうが、大きいのです」と、クビにした社長への憤りなどは書かれていず、状況を受け入れている様子である。
次には、高水製作所に配属され、社長に対面した時である。ここでは社長が彼にこだわりを持っていることは表現されているが、R62号については「わるびれずにうなずいた」「素直にうなずいた」と従順であることが表現されているばかりである。
それどころか、所長は高水に、彼の経験を抹殺し、完全な条件反射を作っておいた、さらに朝十時から午後五時まで指令箱から電波を送り、その間だけ天才になる、ことを告げている。これはR62号が完全なコントロール下にあることを示している。彼の私情が入る余地は、ないということである。
こうしてみると、安部公房は非常に慎重に、R62号の所長への怨みや憤りの記述を避けようとしていることがわかる。まさに「消しゴムで書く」という表現の真髄を見る思いである。

この機械の意味などは、このような表現の基により考察されるべきでしょう。
 私の考えは読書会でも述べ、前回の記事にも書いたとおりです。





http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1000004&tid=0bit8xkbc&sid=1000004&mid=1&type=date&first=1

 

Re: Re.『R62号の発明』の感想

 投稿者:アレン  投稿日:2016年 7月28日(木)22時06分14秒
返信・引用
  > No.276[元記事へ]

エヌガールさん、hirokd267さん、書き込みありがとうございます。

読書会で、大熊さんは「この作品の主人公はロボットという感じではない。生きたまま改造されているので、サイボーグやアンドロイドの方が近いかもしれない」のようなことを仰っていました。

「ロボット」ではないから、「人間の脳」が殺人機械を制作し、復讐したとも考えられますね。

チャペックの「R.U.R」は、未読でした。ロボット作品の原典なので、いつか読みたいと思います。

http://w1allen.seesaa.net/

 

Re: Re.『R62号の発明』の感想

 投稿者:hirokd267  投稿日:2016年 7月27日(水)22時36分18秒
返信・引用
  吉田稔美様

いつもtwitterなどでご支援をいただきありがとうございます。
今回はつたない私の文に貴重なコメントをありがとうございました。いろいろ懇切に教えていただき、感謝に堪えません。何事にも無知なものですのでとても勉強になります。
チャペックとカフカについては、ホッタ様からもご指摘をいただきました。あわせてここに記させていただきます。

読書会にも、お忙しいでしょうけれどいつかお越しいただければ、と願っております。






http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1000004&tid=0bit8xkbc&sid=1000004&mid=1&type=date&first=1

 

Re.『R62号の発明』の感想

 投稿者:エヌガール  投稿日:2016年 7月26日(火)09時58分42秒
返信・引用
  読書会に参加できずすみません。なつかしい、好きな作品でした。なぜか言及されていないようなのですが、チェコのカレル・チャペック作『R.U.R』の影響が大きくある作品だと思っています。むろん、これこそが、ロボット の名称の生みの親である有名すぎるシニカルな古典SFですが、労働者との関係なども描いています。ただし、R62号君は、見た目がロボットのようにされちゃっていると思われますが、脳は人間のままであり、ほんとうはロボットではなく、サイボーグですので、ロボット三原則は適用されませんね。人間の脳が殺人も復讐も可能にしますね。彼の発明したものもロボットではなく処刑機械ですよね。これカフカ的でもありますね。私がこの作品を読んだ70年代中頃は、同時に東欧のSF作品を読んでいた人も多かったもので、当時の読者には普通に共有されていた認識だったと思いますが、現代の若い読者にも併読をおすすめしてみたいです。  

「R62号の発明」の感想

 投稿者:hirokd267  投稿日:2016年 7月26日(火)02時52分48秒
返信・引用
  先のKAP読書会で一通り述べられたことと思いますが、私の感想を書いておきます。

・文体について…はじめ、自殺する場所を探すという深刻な事情なのに、ユーモラスな表現で軽妙に進められます。これはさらにアルバイト学生の指示で事務所に行き、契約をして脳の手術をするまで続きます。そしてテストも済んで国際Rクラブの第一回大会で、所長があいさつをするところでは、戯画的な表現に。次に高水社長に引き合わされるあたりから一転してシリアスな表現となり、7か月後、R62号が自分の発明した機械の報告では淡々とした言い方です。ところが社長が機械に取り込まれてからはこれまでとは一変した息をもつかせぬスピードで、それだけ恐怖感が増していくという、全体の構成になっていると思います。

・R62号君の心情について…R62号君はロボットですが、身体は機械ではなく脳にアメリカ製の装置を組み込まれただけです。そのせいか、指示には素直であるけれども、秘書の花井に心を寄せたり、窓の外の赤旗とプラカードの列に心を乱されたりします。このことはあとで読みに影響するかも知れません。

・社会情勢の表現…国際Rクラブの第一回大会で、所長があいさつに「R」の意味がロボットであるほかにも、「レイスすなわち人類のR(今ならレイシストのR)、ルール並びにレインすなわち支配と権力のR・・」とあらゆる社会悪と国家悪を上げていくのですが、その中にいくつもの現代的な問題が含まれているのは驚くべきこと思いました。いわく、復古、植民地復活、右翼、産業合理化、再軍備、情報入手・・・のRというわけです。
当時昭和28年として、まだサンフランシスコ講和で独立して2年、もう復古と戦争への流れを安部公房は感じ取っていたということでしょうか。  いや、権力は戦前となんら変わっていない、という危機感かもしれません。そう考えると、前項の「脳にアメリカ製の装置」はR62号だけでなく、政財界の支配層の脳にも組み込まれているのが現状ではないか、と思えてきます。ひょっとして私たちの脳にも?

・なんのためにその機械をつくったのか…R62号君の説明によれば、Rクラブの綱領(つまりは経営者・支配者の求める)に従い、「コストの安い人間(労働者)をふんだんに強制的に使う機械」を発明した、と。だがこの機械は「もぐら叩き」ゲーム機のように、即座の反応を要求します。ゲームでは得点を加算していく喜びがありますが、この機械は指が切れていく減算のゲームです。だからゲームの楽しみは当然なくて、喜びのないゲームは無目的の苦痛の作業と変わりありません。それは近代労働の本質です。労働者は「何のために何を作るか」を知らずにただ「作る」こと自体が目的の作業をしなければなりません。その代価として生命維持(生命の単純再生産)を辛うじてなし得るか、または現在問題になっているブラック企業のように身を切り刻んでいくか、になります。安部公房はこの近代労働の本質をしっかり捉えてここに表現した、と思います。

・R62号君は社長に復讐したのか…社長はかつてR62号君をクビにした。社長はこの機械に取り込まれてしまい惨死してしまう。これはR62号君が社長に復讐したのだろうか?復讐したとすれば、これはアシモフの ロボット三原則「 人間への安全性、命令への服従、自己防衛」の第一項に反していることになるのか? これを見るに、R62号君は命令にはしごく従順で、反抗的な態度はほとんど示していない。機械を発明するにも、純粋に完全を目指したであろう。それが技術者魂というべきものに違いない。ゆえに復讐の気持ちはなくて偶然に社長が機械に取り込まれてしまったと思いたい。だが、安部公房がこのような設定をしたこと自体が、労働者から資本家・経営者への反逆を表している、と言えなくもない。前記の花井や外の労働者への気持ちという人間的な面の表出を重く見れば、ロボット三原則を超える(つまりはR62号は本当のロボットではなかった?)ということになるかもしれない。

以上、「R62号の発明」の感想でした。ご意見歓迎!

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1000004&tid=0bit8xkbc&sid=1000004&mid=1&type=date&first=1

 

『R62号の発明・鉛の卵』読書会

 投稿者:アレン  投稿日:2016年 5月29日(日)11時03分13秒
返信・引用
    お世話になります。アレン(岡)です。
    7/18(月・祝)13:00に高槻市立文化会館(いつもと違うのでご注意を!)にて、
    『R62号の発明・鉛の卵』読書会を岡田さんとともに開催します。

    『水中都市・デンドロカカリヤ』に続き、二回目の短編集となります。昭和28年-32年にかけて発表された本作の中から、表題作「R62号の発明」と「鉛の卵」、さらに時間があれば「棒」を取り上げる予定です。

    開催要項の詳細は、以下をご覧ください。
    http://w1allen.seesaa.net/article/438120506.html

    初参加も大歓迎です。課題本を読んでいただければ、誰でも参加申し込みいただけます。
    「KAP読書会について」や前回の読書報告を参考にしていただければ、幸いです。
    http://w1allen.seesaa.net/
    から読めます

    貴方の来訪を心よりお待ちしております。

    また、ネット中継もします。
    http://www.ustream.tv/channel/9p4MS4HaSRf

    過去の録画は、
    https://www.youtube.com/user/w1allen/videos?
    でご覧になれます

    ー読書会という舞台装置が、他者への通路を開くキッカケになることを夢見てー

    では、失礼します。

http://w1allen.seesaa.net/

 

Re: 『第四間氷期』読書会

 投稿者:w1allen  投稿日:2016年 4月16日(土)23時05分7秒
返信・引用
  > No.270[元記事へ]

大熊さん、hirokd267さん
レスが遅くなってすみません
私事雑事に追われて、なかなか集中できませんでした
それとhirokd267さんに対話の態度を窘めれて、日頃の自分の言動を振り返っていました(^_^;)
お二人が仰っていた、「書かれたことからのみ感じ、判断したい」という姿勢や精神に今一度立ち戻る必要があるなとも思いました。
でも、不在の時に、書き込んで盛り上げてくださって、非常に有難いと思っています。

ーーー引用開始ーーー
しかし、私たち読者が共感を持つのは、権力者側に立つ少数の海底開発協会の人々ではなく、平凡な未来を夢見る一般大衆側ではないかと思うのです。
ーーー引用終了ーーー
と述べましたが、hirokd267さんの仰るように現時点の権力ということを考えると、むしろ勝見の方が権力者側に立つことになりますね。この辺が、大熊さんが言う本作の「分厚い重層性」なんだなと思いました。対立軸を引こうと思っても、なかなか綺麗には引けないところが、却って面白いと思います。

勝見博士も「風に憧れる少年」も結末部分で死を示唆させる描写がありますね。しかし、だからと言って、二人は同質とは限りませんね。(ある種の共通性はあるにしろ)
hirokd267さんは、「風に憧れる少年」に対して、「この作品の中で唯一の人間らしさを感じた」と。そして、勝見博士に対しては、「あえて同情すべきではなく」と。
この辺の読み方が、面白いなと思います。

http://w1allen.seesaa.net/

 

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