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澤井佳彦さん『安部公房没後20年記念講演会報告』

 投稿者:hirokd267  投稿日:2014年 2月14日(金)18時16分19秒
返信・引用
  これも第15号にご寄稿いただきました。東鷹栖安部公房の会は、遠く旭川にあって活発に活動されていて、その意欲は私たちも学ばなければならないと思っています。そしてその活動の一つの成果として、保坂一夫さんの講演に、なんと85名もの聴衆を集められたのです。このすべてが安部公房ファンではないでしょうが、それゆえにこそこの講演の効果も大きいと言えるでしょう。

この報告の中で澤井さんは講師の保坂さんの言葉を伝えて下さっています。それらは主に安部公房が直接語ったことで、公房の言葉やエピソードに飢えている私たちファンには、とても新鮮な響きを伝えています。有り難うございました。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1000004&tid=0bit8xkbc&sid=1000004&mid=1&type=date&first=1

 
 

滝口さん『創作の秘密』

 投稿者:hirokd267  投稿日:2014年 2月14日(金)17時37分26秒
返信・引用
  第15号の滝口さんのこの文は、「カンガルー・ノート」後に安部公房が語った言葉の中から、創作の秘密に迫るものをいくつか拾って下さいました。これはまとめて読むに大変ありがたく、あらためて安部公房の創作態度を知ることができます。ところが、滝口さんは、これらの言葉を安部の小説の作法に迫るものとしてではなく、自らが「書く」ことへの動機づけと作法の銘言として取り上げられています。これは私たち読者にも同じように受け取ることが出来れば、安部公房について、あるいは小説を書くのに有用な方法を得たことになるでしょう。それらの結果が「もぐら通信」にまた環流してくれば、と夢が生まれます。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1000004&tid=0bit8xkbc&sid=1000004&mid=1&type=date&first=1

 

稲垣さんの『安部公房の「孤独」と「文学」の力・・・雑感』

 投稿者:w1allen  投稿日:2014年 2月11日(火)09時56分36秒
返信・引用
  『第四間氷期』『砂の女』『他人の顔』『箱男』『燃えつきた地図』
『方舟さくら丸』『密会』の各作品の結末の部分に着目したところが、
大変ユニークで、労作であったことだと思います。

氏は、「ハッピーエンドも、悲惨な結末も。説教じみたご高説も、
カタルシスもなにもない。」と書かれています。
読者を「宙づり」にしたまま、終わっていますね。

勧善懲悪のようなありきたりの小説ではなく、「「安心」を悉く読者から
剥がし去る」小説であることが、安部作品の魅力であることを再認識しました。

http://www.geocities.co.jp/Bookend/2459/novel.htm

 

稲垣さんの『『けものたちは故郷をめざす』と表現者安部公房』

 投稿者:w1allen  投稿日:2014年 2月11日(火)09時46分19秒
返信・引用
  稲垣さんの言語論が興味深いです。
本質的に内部に留まらざるを得ない言語も、変容し生成される。
それは、外部との交通があるからではないかと氏は考察されています。
わかりやすく、自国語が変容するのは、外国語のためではないかと
仰っています。

さらに、作家にとっての内部と外部を語っておられます。
体系の内部で格闘するが、その際、外部の気配を察することによって、
新しい表現が生まれるのではないか?
私は、この部分に、「内部から外部への脱出」という言葉を連想しました。

さらに、『けものたちは故郷をめざす』にも言及されています。
行けども行けでも故郷(日本)に辿りつけないストーリーを書いた安部公房に
とって、中国大陸はの地平線は、そのまま言語体系の地平線に見えたの
ではないか?

必死に、外部への脱出を図ろうとした安部の姿が、浮かぶ文章でした。

http://www.geocities.co.jp/Bookend/2459/novel.htm

 

澤井館長の『安部公房没後20年記念講演会報告』

 投稿者:w1allen  投稿日:2014年 2月 3日(月)10時46分33秒
返信・引用
  安部公房と親交のあった、東大名誉教授・保坂一夫さんの講演の模様を記した報告です。
85名が来られたとのことで、盛況、大変うれしく思います。
ヨリミさんの詩人に関する言葉、ジョークめいた大江文学に対する評価など、興味深そうなものがたくさんありました。
今年も、催し物の企画、期待しています。

http://www.geocities.co.jp/bookend/2459/novel.htm

 

滝口さんの『創作の秘密』

 投稿者:w1allen  投稿日:2014年 2月 3日(月)10時42分34秒
返信・引用
  『カンガルー・ノート』を書き上げた頃の安部の談話記事を元に、滝口さんのコメントが寄せられています。
安部が珍しく、自分の創作方法について、語っていますね。
イメージが具現化するのを待つ。若い頃は、体力と粘りで待ったが、今はそのタイミングを見切れると。
安部の魔術的言葉に突き動かされて、創作に励む滝口さんの姿が思い浮かぶようです。

http://www.geocities.co.jp/bookend/2459/novel.htm

 

秋川久紫さん「『一角獣の変身』における1963年の安部公房」

 投稿者:w1allen  投稿日:2014年 2月 3日(月)10時38分27秒
返信・引用
  秋川さんは、以前美術雑誌の編集に携わっておられ、青木画廊が発行した『一角獣の変身』を入手されたとのこと。澁澤龍彦を始めとする著名な文学者による、美術評論集になっているそうです。
hirokd267が指摘するように、安部の評論単体で扱うのと、『一角獣の変身』の中の一文章として扱うのとでは、違った意味合いを持ってくると思います。
全集で読んだときは、「自殺をすすめたい」との結びが強烈な印象として残っています。しかし、その真意をはかり損ねていました。
今回、秋川さんの文章を読んで、真剣な否定と読み取れることが分かりました。
前衛芸術であったシュルレアリスムも、今や「古典」となってしまっている。これは、安部の予言的知見とも言えるでしょう。
現代芸術が新しい道を切り開くためには、安部の言葉を乗り越える必要があると思います。

http://www.geocities.co.jp/bookend/2459/novel.htm

 

祝10万カウント!

 投稿者:w1allen  投稿日:2014年 2月 3日(月)10時28分28秒
返信・引用
  2004年10月からの「安部公房解読工房」のカウンターが、10万を超えました。
訪問された皆様に、厚くお礼申し上げます。

http://www.geocities.co.jp/bookend/2459/novel.htm

 

秋川久紫さん「『一角獣の変身』における1963年の安部公房」

 投稿者:hirokd267  投稿日:2014年 1月16日(木)03時29分54秒
返信・引用
  秋川さんのこの文は、安部公房のあまり知られていないテキストを取り上げ、解説を付したものとなっています。そこに安部公房の当時の思考と、現在の秋川さんの思考が絡み合い、新たな価値を生み出しています。このような取り上げ方も、とても意義あるものとして、今後も多くの方の同様の参入を期待します。

秋川さんはまず、安部公房のこの挑発的な文が、同誌上の他の批評者たちの論調とまったく違っていることを示されています。これは初出雑誌に直接当たることの重要性を表しており、つい全集のみに頼りがちな私たち安部公房ファンへの警鐘とも言えましょう。

そして安部公房の論旨としては、「美の殺害者としてふるまう行為」という評を、マルセル・デュシャンから説明されているのは分かり易く、だが安部がここではシュルレアリスムなどの潮流から距離を置いているように見える、というのは秋川さんの視点です。

さらにその視点は「鑑賞者の拒否」を安部公房の心情とし、芸術運動が発見された後、反復されるとともに、「思想の喪失」「理念の軽薄化」することを予知していたのでは、と指摘されています。ここには芸術の本質的な問題が潜んでいるように思われますね。

ところでこうしてみると、安部公房は芸術家たちにどんな姿勢を求めていたのでしょうか。この小文は否定的な言葉に満ちていますが、では何をどうすることが安部公房にとって望ましいことだったのでしょうか。それは示されていませんね。

絶えざる自己否定による弁証法的な運動さえも「拒絶の商品化」と言われるとしたら、アヴァンギャルドの立場は成り立ちにくいですね。

ということを考えさせられるのも、秋川さんの取り上げて下さった視点のおかげであります。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1000004&tid=0bit8xkbc&sid=1000004&mid=1&type=date&first=1

 

稲垣さんの『安部公房の「孤独」と「文学」の力???雑感』

 投稿者:岩田  投稿日:2014年 1月14日(火)21時24分42秒
返信・引用
  第16号へのご寄稿、ありがとうございました。

代表作の終りを集約的に引用して示したことが、安部公房という作家の姿を浮き立たせることになって、これは巧まず、面白いご寄稿となりました。

安部公房の小説の最後には、おっしゃる通りの孤独感がいつも横溢しております。そうして、それは10代の詩の時代から変わらず、小説家になったあとの作品の最後には安部公房の透明感覚が出て来て終るのです。

この透明感覚は、孤独ではありますし、実は死と裏腹ではありますが、安部公房の自由の感覚でもあります。

文学の力とは、言葉の力ですし、言葉の力とは思考の力ですね。

稲垣さんの思考の力が独自の言葉となって、安部公房と渡り合う、そのようなご寄稿を遠くない将来に戴く事を楽しみに期待をしつつ、お礼の言葉と致します。

岩田
 

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