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奥村飛鳥さんの「「棒になった男」上演後記」

 投稿者:岩田  投稿日:2013年11月16日(土)07時37分6秒
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  奥村飛鳥さんの「「棒になった男」上演後記」


「― 第一、はっきりするだろ?白か黒か、生きるってことが、はっきりしちゃうだろ? ―」というこの戯曲の科白の引用で始まる文章は、実に奥村飛鳥らしい、生きのいい、全力で安部公房の戯曲を矢継ぎ早に上演し、自らも舞台に立つ、プロデューサーであり役者であるこの人の気合いとこころをよく伝えています。

「棒になった男」の上演成功、おめでとうございます。

このご寄稿は、普通の読者には知られる事の無い文字通りの舞台裏を伝えてくれていて、とても貴重な記録になっていますs。演劇のプロデューサーとは、役者であるということは、このようにものを考え、生きることなのだということが、生きた言葉で語られています。

特に次の箇所は、わたしには奥村飛鳥の矜持をよく示し、言葉の持つ美しさと真実性、そして芝居の基礎と一言で指し示しているけれども、非常に大切な役者の力の源泉を明らかにしていて、何な新鮮なものに触れた思いが致しました。

「安部公房作品は古典ではありませんが、言葉遣いは明らかに現代口語よりもしっかりとした美しい日本語で、これを何の訓練もされていない現代っ子に喋らせても一切、真実味のない言葉になってしまいます。演技は習えば上手くなるというものではありませんが、私たちが安部公房作品を上演する限り、必然的に芝居の基礎があることが、このカンパニーに加わる第一条件になります。」

この箇所を読むと、奥村飛鳥という人が、芝居を演じるということと芝居の科白を如何に大切にしているかがわかります。

このような考えによって集まった役者達の演ずる芝居が成功しない筈がありません。

才能豊かな役者達が集まったので、誰がどの役を演ずるか、演出家の水下きよしさんと頭を悩ませながら考える、その配役についてのあれこれも、興味深く、成る程配役というものは、このように決まるのだということを、これが舞台裏ということなのだということを初めて知る事ができました。わたしにとっては、このようなテキストを読むのは初めてで、貴重な経験でありました。

また、上演の準備をしながら、その間、3つの義曲の統一的な理解を求めて、安部公房の義曲についての有識者と会い続けたというエピソードは、奥村飛鳥というひとを、奥村さんと呼ぶのではなく、飛鳥さんと私をして呼ばしめているエネルギーに溢れています。文字通りに、『飛ぶ男』ならぬ、飛ぶ鳥なのです。

飛鳥さんが、どれ位作家の言葉を大切にしているかは、次の箇所に充分意を尽くしてかたられています。

「これは私の信条でもあるのですが、今回の様に既製の作品をプロデュースする公演で、私たちに許される“アレンジ”は舞台構成だけだと思うのです。作家が孤独に耐えて生み出した作品において、台詞を変える、或いは設定を変えるというのは、仕事として越境行為だし、第一、失礼だとも思います。様々な解釈があって然るべきですが、台詞や設定を変えるということは、ある意味、自分たちの力不足に対する言い訳に思えるのです。私の現場ではとにかく一言一句、台詞のチェックをしています。それが私なりの作品へのリスペクトなのです。」

このように、この芝居は本当に「私たちが丹精込めて作った芝居」となったことでしょう。わたくしはどうしても観る事ができなかったことを、やむを得ないこととは言え、惜しい気持ちで、飛鳥さんの文章を読みました。

最後にこれからの安部義曲の上演にかける思いを書いています。わたしも観客として、また一読者として、飛鳥さんの公演に足を運び、その想いを共有したいと思っております。

益々のご健闘を祈るや切なり。

岩田
 
 

ホッタタカシさんの「変身の恐怖 劇評?笛井事務所プロデュース公演『棒に鳴った男』」

 投稿者:岩田  投稿日:2013年11月16日(土)07時36分36秒
返信・引用
  ホッタタカシさんの「変身の恐怖 劇評?笛井事務所プロデュース公演『棒に鳴った男』」

ホッタタカシさんの批評は、めりはりが効いていて、いつも安心しながら、とはいえ同時に今度はどのな風にその劇を料理してくれるのだろうかという、何かこうわたしのような純粋な(というのも変な言い方ですが)劇の素人がわくわくするような期待を以て、読むことができ、いつも楽しみにしています。

今回も期待に違わず、実際に演じられた舞台の様子が、よく想像されます。

特に、次の箇所に、わたしは強い印象を受けました。演じている役者のその姿が変貌して行く様とその意味を、よく読者に示してくれています。

「ボクサー役の鈴木太一は、いささか若すぎ、ボクサーの生理をとらえるには硬直した印象の演技を続けるが、力強くセリフを吐き出しているうちに、鍛えられた肉体には汗が玉となって浮かび上がり、鋭く変化する色彩照明を受け止め、やがて勝者と敗者の崖っぷちに立たされた男を独自に翻訳した詩的存在へと変化してゆくのだった。その過程がじつにスリリングであり、彼が呼びかける木村さんとは誰なのか、どんな相手と戦っているのか、余白の部分を想像させられる。」

また、最後に、この3つの戯曲に対する安部公房の当初の意図に遡って言及し、「この戯曲は現代社会とは人間がすでに「なにかに変身してしまった」世界であることを観客に報せる、安部公房独特のアジテーション劇なのだと改めて気づかされたのだった」という指摘は、簡潔にこの劇のみならず、安部公房の書く戯曲の側面を確かに言い当てています。

笛井事務所は、また引き続き安部公房の戯曲を企画しているようです。ホッタタカシさんの劇評もまた読む事ができればありがたいと思います。

ホッタタカシさんに次の一行を伝えるということは、もはや蛇足ともいうべきことではないかと思います。

またのご寄稿を楽しみにしております。

岩田
 

14号合評会:奥村飛鳥さん「上演後記」

 投稿者:w1allen  投稿日:2013年11月15日(金)21時00分18秒
返信・引用
   いや、プロデューサーである奥村飛鳥さん自らが寄稿していただけるとは、有難いことです。『棒になった男』の裏話ーオーディション、配役選定、舞台作りーなど、一般人には分からない情報がてんこ盛りです。
 本への理解と台詞を生かす技術の両方が必要であると、奥村さんは仰ってます。改めて、役者とは大変な職業であると思いました。
 棒役の梅田喬さんが、身動きできない状態で、照明の熱に耐えながら、棒の演技をされていたのは、観てみたかったです。
 来年3月に企画されている次回作が楽しみです。

http://www.geocities.co.jp/Bookend/2459/novel.htm

 

14号合評会:ホッタタカシさん『棒になった男』

 投稿者:w1allen  投稿日:2013年11月15日(金)20時59分12秒
返信・引用
   いつもながら、臨場感あふれた見事な劇評でした。今年は、多くの安部公房の演劇が上演されましたが、大半は関東での公演であり、関西に住む私やhirokd267は、足を運ぶことが出来ませんでした。そんな中、ホッタさんの的確な劇評は、我々の様に観に行けなかった者に対して、その演劇がどのようなものであったのかを垣間見ることの出来る貴重な文章であると同時に、その公演を観た人にとっても、安部公房の意図と今回の上演の意図の比較などを通して、より深く演劇が楽しめるガイドブックでもあったと思います。
 舞台の配置などについての説明もあり、分り易くかつ深みのある文章でした。
 安部公房の指示では、三役を一人の俳優に演じさせることとあり、三景を「人間の一生の象徴」と解釈も出来ましたが、今回の上演では、別人に演じさせたことによって、統一感を犠牲にする代わりに、解釈の幅を増したとのこと。
 また、”現代社会とは人間がすでに「なにかに変身してしまった」世界である”とは至言だと思いました。安部公房の数々の変形譚も、そういう視点から捉え直すと、非常に面白いと思いました。

http://www.geocities.co.jp/Bookend/2459/novel.htm

 

14号合評会:奥村飛鳥さん「上演後記」

 投稿者:hirokd267  投稿日:2013年11月14日(木)02時20分38秒
返信・引用
  奥村飛鳥さんの「「棒になった男」上演後記」は、いつもながら制作・演出された方の貴重な証言として、読者を魅了しています。
今回はことに熱が入っていて、それが文章に表れているように感じられます。ボクサーと同じように「舞台で闘い、生きている」との言葉は、私たち「もぐら通信」編集者にもあてはまることを思いました。
俳優に求めることのひとつに「文学作品への尊敬と理解力」をあげられているのには感じ入りました。演技以前にこのような姿勢を求められているのは大切なことでしょう。
オーディションから配役が決まるまでの経過も臨場感があります。読者としては気楽にあるいは自由に考える「なぜこの三つの作品がひとつの作品になっているのか」も、真摯に追究されていく過程にも頭が下がります。そして舞台構成の工夫の話はもう現実の舞台が想像されます。ここではホッタさんの劇評と完全にリンクしていきます。

これからも安部公房の現代に生きる劇を創造していかれることを楽しみにしております。
有り難うございました。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1000004&tid=0bit8xkbc&sid=1000004&mid=1&type=date&first=1

 

14号合評会:ホッタタカシさん『棒になった男』

 投稿者:hirokd267  投稿日:2013年11月14日(木)01時32分3秒
返信・引用
  ホッタさんは笛井事務所公演『棒になった男』の劇評をご寄稿いただきました。
前回の笛井事務所『友達』を賞賛されたので、今回も期待をもってご覧になったのですね。

劇の情景を描写されていく中で、テキストとの比較がなされ、その相違が浮き彫りにされていきます。まず「鞄」を演じる男の存在感が強く出されていて、その「伝統」「因習」の象徴性が強調されていること。
またボクサー役の、詩的存在へと変化する過程が見事にとらえられています。
そして「棒」の男などを別人に演じさせたことで解釈の幅を広げた、と好意的に書かれているのは、ホッタさんの劇を観る目の柔軟な姿勢が表れていて、これは演出家・演者にとってはとてもありがたいことだろうと思います。
端的には、「この戯曲は現代社会とは人間がすでに「何かに返身してしまった」世界であることを」報せている、と深くとらえておられるところにホッタさんの知的な感性が出ていて、劇評自体がひとつの芸術的作品である域を示しているように思われます。

これからもすばらしい劇評を読ませていただければ幸いです。
有り難うございました。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1000004&tid=0bit8xkbc&sid=1000004&mid=1&type=date&first=1

 

東鷹栖安部公房の会の朗読会

 投稿者:岩田  投稿日:2013年11月12日(火)21時46分5秒
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  東鷹栖安部公房の会の、このたびの朗読会は、
もぐら通信としてお邪魔した折りに、お話をしていて
出たアイディアでした。

こうして、往来のあることが誠に不思議で、有難く、
これからも、旭川での活動をもぐら通信を使って
広く読者にお伝え戴きたいと思います。
 

ホッタタカシさんの『透明人間の告白 書評?『安部公房とわたし』山口果林』を読んで

 投稿者:岩田  投稿日:2013年11月12日(火)21時43分23秒
返信・引用
  ホッタタカシさんの『透明人間の告白 書評?『安部公房とわたし』山口果林』を読んで

ホッタタカシさんの『透明人間の告白 書評?『安部公房とわたし』山口果林』を読んで

ホッタタカシさんによるこの書評は、実に丁寧に、山口果林と安部公房の姿を、そして簡潔に、まとめて、読者にふたたび、同書の内容を振り返る切っ掛けを与えてくれます。

「連続テレビ小説の主演が決まり、多忙になった山口果林とは、お互いの声を吹き込んだカセットテープを交換し、率直な心情を聞かせあった」という個所を読むと、本当に安部公房はこの女優を愛したのだなあということが、よく、改めて伝わって参ります。

女優に対する偏見や先入見と無縁の、そして、全く過不足の無い、よき書評であると思います。

最後に写真で登場した、安部公房特製の金山寺味噌載せピザトーストは、わたしも機会あらば作ってみたいと思っています。

また、同書を読むと、安部公房は松蔵のスイートポテトも好物であったとのことです。これは近所に店があるので、近々行ってみて、実際に食してみたいと思っております。

もぐら通信で、この書の批評をしなければならなかったところを、世上ある誰の書評よりも的確で、信頼のおける文章を書いて下さって、感謝申し上げます。

このたびのご寄稿、本当にありがとうございました。
 

滝口健一郎さんの『もぐら通信』 もうすっかり確立していると言ってよい、滝口さんの文体、滝口調でのエッセイには、いつも

 投稿者:岩田  投稿日:2013年11月12日(火)21時42分39秒
返信・引用
  滝口健一郎さんの『もぐら通信』

もうすっかり確立していると言ってよい、滝口さんの文体、滝口調でのエッセイには、いつも楽しいものを感じざるを得ません。たとえ、滝口さんが苦しいことを書いていても、そうなのです。

滝口さんの文章の幻想性が読者に何かある深い感じを与えるのです。

滝口さんは小説を書いてみたらよいのかも知れません。それはきっと幻想小説になることでしょう。

もぐら通信と題して、考えるきっかけを提供してくれていると書いて下さって、ありがたく思っております。

ABEジャンキー、これも安部公房の愛読者の通称になるかも知れませんね。

今回のご寄稿、ありがとうございました。

次のご寄稿を楽しみにしております。
 

ホッタタカシさんの『友達』と踊ろう! 劇評・CHAiroiPLIN公演『FRIEND』を読んで

 投稿者:岩田  投稿日:2013年11月12日(火)21時42分4秒
返信・引用
  ホッタタカシさんの『友達』と踊ろう! 劇評・CHAiroiPLIN公演『FRIEND』を読んで


『友達』のダンスパフォーマンスというのは、実に奇抜なアイディアだと思いました。

ホッタタカシさんの掲載した写真が、その舞台の様子をよく写していて、非常に面白い、刺激的な舞台であったことが偲ばれます。

全く映像と舞台を描くときに、ホッタタカシさんの言葉の力とその正確な描写力には、いつもながら脱帽致します。

これからも、この方面でのご寄稿を願っております。

どうもありがとうございました。
 

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