teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


新着順:6/292 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

『人間そっくり』(1)名付けられない世界とトポロジー

 投稿者:hirokd267  投稿日:2018年 3月26日(月)23時39分55秒
  通報 返信・引用
  まことさんの投稿に元気づけられて『人間そっくり』の感想を書かせていただきます。読書会では十分に表現できませんでした。
まことさんは「この話におけるトポロジーはなぜ成立しているのだろう?」とおっしゃっているのは、この小説においてトポロジーは成功している、という見方なのだと思われます。でも評価されない方は、トポロジーが成立していない、またはそこがわからない、という方なのだろうと思います。私は成立している、と見ていて、そこにこそ、この作品の構成の深さと怖さが立ち現れてくると思っています。

まず【1】節は重要な節で、最後の【20】節から続く循環構成になっています。まことさんは
(1)(……どうかあなたが、(中略)≪人間)であってくれますように!)と
(2)(……だからと言って、(中略)ぼくと同類の存在であってくれますように!)
をとりあげられていて「≪人間≫であることの証明不可能性を「あなた」へ向けて投げかけています。」と私たちに向けられたものと捉えられています。
もちろんその通りですが、これはもともと主人公自身が突き付けられた不可能性ですね。
私たちは「人間である」というアプリオリな認識に立っていますが、そこに「人間そっくり」の「火星人」が現れたとき、「人間とは?」という概念規定を求められるのですが、それは不可能だというわけです。これは安部公房において原初的に世界認識をする「名付け」が不可能ということです。この世界=地球はここにおいて「無名性」の世界となるわけで、このことは【19】節に部屋から出た外の光景(現実の世界)を「そう、今でもまざまざと思い出すのだ、(中略)ぼくにとっては、最後になった、あの無名の現世の光景を―ー」と書かれているのにも現れています。ついでながら火星人の部屋はそのあとに「固有名詞をもった世界」と対照させられています。この意味は、「もう自分が概念規定をする必要のない、外部からすでに規定されている世界」ということだろうと思います。
これらのことは、少なくとも主人公の意識において、彼のいるところは「火星」であることを示しています。
【1】節にはこれを暗示するもう一つの表現があります。もし主人公が火星にいるなら、この手記がどうして私たちの目に触れることになったのかについて「どんな経路であなたの手にとどいたものか、それさえまるで見当もつかない」とその疑問への予防線が張られているのです。

この小説は、「人間」「地球人」「地球病(火星人から見て地球人に感化されてしまった火星人)」「火星病(地球人から見て火星人に感化された地球人)」「火星人」それらに通底していて、「人間」と「火星人」を区別不能にする「人間そっくり」というトポロジー的に同位(ホモロジー)である概念によって構成されている。その構成は【20】節の精神病院(狂気の法廷)において頂点に達し、結実する。(続く)


 
 
》記事一覧表示

新着順:6/292 《前のページ | 次のページ》
/292